2008年05月05日

到着! ツール・ド・慶應 1200km


先日のブログ(2008年04月29日付「ツール・ド・慶應 1200km」)でお知らせした「ツール・ド・慶應」ですが、本日無事に三田に到着しました。


その瞬間、見届けてまいりました。


ツール・ド・慶應1200km公式サイト



これまでの軌跡
4月29日
福沢諭吉たどり銀輪1200km「ツール・ド・慶応」《報道記事:朝日新聞:4月29日付》

5月1日
ツール・ド・慶応:「福沢とともに走ろう」 志をもち千二百キロ−−中津出発《報道記事:毎日新聞:4月29日付》

5月3日
ツール・ド・慶応:広島を通過「風情あってよかった」《報道記事:毎日新聞:5月3日付》

5月4日
ツール・ド・慶応:一行が大阪入り 次の目的地、名古屋へ出発《報道記事:毎日新聞:5月4日付》

5月5日
慶応大創立150年、諭吉の足跡たどり「ツール・ド・慶応」《報道記事:読売新聞:5月5日付》






聞いていた限りの「到着予定時間」は15時半ごろということだったので、ゴールの瞬間を見逃してはいけないと、三田キャンパス正門前についたのは、15:20ごろ。


正門前には、今回の主役である自転車競走部の関係者らしき方々が30名ぐらい、すでに集まっていたような感じでした。

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ご担当の工藤常任理事をお見かけしてご挨拶をし、裏方としてお手伝いされている150年記念事業室の職員の方々ともしばし雑談。

工藤常任理事のお話では、参加者数が30名を超える「大パーティ」になってしまったため、明治学院前で「長蛇の列」を集合・再編成して、そこから三田へと一気にゴールするということでした。

そして、そこから連絡があるとの情報も。



さて、パーティを待っている間に応援指導部は練習を。

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当初は15時半だった到着時刻ですが、
15時半を過ぎても何も起きず。
16時前に「あと10分で到着です」との連絡があり、あわただしい動きが起こったものの、10分経っても何も起きず。


そして当初予定から1時間遅れの16時半。



いよいよパーティが到着。(連続写真でどうぞ。)

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総勢40名近いパーティが三田に到着しました!

応援指導部の「若き血」の演奏で、三田は突然の大騒ぎ。

15時から集まっていた人以外にも、いつの間にか観衆は膨れ上がっていました。





さて、無事到着したクルーが一堂に並び、セレモニー開始。

13_cere1.jpg


まずは、クルーの代表に対して、今回のイベントの発案者であった故吉田常任理事の奥様ならびにお嬢様からレイが掛けられました。

それに対してクルー代表からは、中津からつないできた「前輪」「ヘルメット」が紹介されました。
これらはいずれも故吉田常任理事の遺品とのことでした。

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その後は、塾当局を代表して、工藤常任理事から挨拶が。

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そして最後は。

はい、「若き血」です!!

応援指導部の指揮のもと、肩を組んで熱唱。

16_cere4.jpg


そして最後は記念撮影。

17_cere5.jpg



到着時、やや雨がパラパラと散ってきたものの、
中津からの6日間、大きな事故もなく無事に終えられたのは何よりです。


おまけ:
現地で配られた旗とパンフ。

18_flag.jpg





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11月8日:「創立150年記念式典」まで、あと187日
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posted by Tommy at 23:21| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 慶應義塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
西富様ご無沙汰しております。ブログを毎回楽しく拝見しております。
さて、今回の「ツール・ド・慶應」ですが、私もゴールの場におりました。というより、ゴール時に横断幕を持っていた一人です。そんなわけで、上記写真にも写っております。

実は、5月3日(土)の大阪からのスタート時も「観客」として行きました(福澤先生生誕地碑)。ここでは塾長・常任理事等、塾関係者がいらっしゃいました。スタート直前に記念撮影があったのですが、私はカメラマンの後ろで見ていました。すると旧知の塾関係者に「斎藤さん来ていたの。だったら写真に収まればよかったのに。」と言われてしまいました。

塾関係者はこのあと、すく近くの「慶応大阪リバーサイドキャンパス」のオープンセレモニーに移動し、私は、やはりすぐ近くの大阪大学中之島センターで開催される「中之島ソーシャルリバーフォーラム2008 大学の未来」というイベントを聴きに行きました。このイベントで塾長もパネラーとして参加されています。翌日の4日(日)には上記フォーラムを企画したNPO法人(申請中)「中之島SORIA」(http://www.nakanoshima-soria.com/)のお披露目懇親会にも参加しました。

なぜこの話題を出したのかというと、「中之島SORIA」に関わっている方で塾員の方が多いことと、そもそもこのNPO法人設立に尽力された一人が「ツール・ド・慶應」の発案者でもある故吉田常任理事なのだそうです。フォーラムを始めるにあたり、吉田常任理事急逝の説明があり黙祷が行われた他、懇親会でも吉田常任理事の尽力の説明の後、奥様からご挨拶がありました。

蛇足ですが、懇親会では吉田常任理事の奥様ならびにお嬢様が出席されていましたが、このお嬢様は、地元のよみうりテレビのアナウンサー(吉田奈央さん http://www.ytv.co.jp/blog/announcers/yoshida/)とのことでした。「そういえばどこかで見た方ですね。」との声が懇親会の参加者からあがりました。
Posted by 斎藤淳司 at 2008年05月11日 20:39
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