2009年12月29日

【予定】0105:「慶應義塾雑学サロン」@BRB(18:30-)

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1999年三田会、登録受付中
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皆様、年末いかがお過ごしでしょうか?

既に昨日28日に仕事納めを終えて、今日29日から1週間の年末年始休みという方が多いのではないでしょうか。




さて、いまだ年が明けないながら、年明けのお知らせです。

年明けといっても、1週間後なのですが(笑)。




年明け、1月5日(火)18時半より、
銀座BRBにて開催される「慶應義塾雑学サロン」という企画の第1回目に、ゲストスピーカーとして登場します。


【慶應義塾雑学サロン】
《ニュース:BRB:2010年1月号》




---以下、案内---

【慶應義塾雑学サロン】

慶應義塾が大好きな方、福澤先生を尊敬している方、BRBが好きな方、そんな皆様にお集まりいただき、お友達の輪を広げていただけるサロン形式の交流会を開催いたします。
この会は、実生活の役に立つかたたないかは別として、毎回参加していると、慶應義塾150年の存在理由がなんとなく見えてくる・・・といった会です。
ゲストスピーカーにお話をご披露いただきつつ、参加の皆様と相互に懇親していただきます。

初回は、前経済学部長 塩澤修平経済学部教授と慶應義塾の最年少評議員西富亮介君が登場。「評議員会を知ろう」をテーマにお話いただきます。
さらに新年の門出を祝い、塾のお祝いには欠かせないお酒「若き血」をご用意いたしました。どうぞ皆様で味わいながらご歓談ください。


日 時 1月5日(火)18:30〜20:30 
    経済学部教授 塩澤修平氏(53経)
    塾評議員 西富亮介氏(平11政) 
会 場 銀座BRB B2F 〔HIYOSHI ROOM〕
会 費 6,000円(軽食・お飲み物付)


---以上、案内---


ということで、新年早々ですが、お時間ございましたらご参加いただければと思います。


「文字には出来ない」話も、口頭ならできるかな、なんて思っています。


参加希望の方は、私宛もしくはBRB事務局(brbyoyaku@brb.co.jp)宛にご連絡ください。



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2009年12月10日

【報告】1207:未来先導館(仮称)を含む南校舎建て替え工事地鎮祭

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今週の月曜日朝、三田に行ってきました。


その目的は「未来先導館(仮称)を含む南校舎建て替え工事地鎮祭」です。




既に過去のブログで報告済みですが、現在、南校舎は更地状態です。


9月17日の三田&第32期第18回評議員会
《ブログ:9月17日付》



南校舎は創立100年の記念事業の一環で建てられた校舎でしたが、50年を経て、老朽化・耐震性・教室面積の狭隘などの様々な理由から、この150年を期に建て直すこととなりました。


091207_01_shingo.jpg
正門前から南校舎跡地を臨む



建設工事現場のゲートをくぐると、その先には地鎮祭の会場が。


091207_02_kanban.jpg
地鎮祭会場


控え室には、義塾関係者はもちろんのこと、工事関係者、警察・消防関係、地元の町内会の代表者など、総勢50名強はいたでしょうか。


さすがに工事現場に立てた会場、テントのすぐ横には土の山が。


091207_03_suna.jpg
工事現場の土の山




実際の地鎮祭の模様は、さすがに当事者なのでカメラを出してパシャパシャするわけにはいかず・・・


地鎮祭の雰囲気は、塾のサイトに掲載されたこちらの写真でどうぞ。


未来先導館(仮称)を含む南校舎建て替え工事地鎮祭
《プレスリリース:慶應義塾:12月9日付》


右の写真の真ん中、ただ一人、妙に若い男性が写っていますが、私です。




地鎮祭終了後は直会(なおらい)となりました。



直会会場には、完成想定模型が展示されておりました。


091207_04_right.jpg
南校舎を東から。



見て分かりますかね?

これまでの南校舎より厚みがあるんです。



091207_05_left.jpg
南校舎を西から。



上(東)に上がって南校舎と図書館のの横を通るスロープもこれまでよりやや細くなり、これまで南校舎前の巨大な空間(車が通るだけ)が今度は校舎の敷地として活用されることになります。

しかも、これまでトンネルをくぐって中庭に上がっていく感じだった中央階段部分が、だいぶ吹き抜けが大きくなりガラス張りとなります。



091207_06_all.jpg
キャンパス全景と南校舎。



あと、この写真からは分かりにくい(というか分かるのが無理)のですが、
 ・中庭から演説館への視界が広がる(南校舎の横幅を短縮)
 ・1階と2階の間に免振装置を設置
 ・左側には主に、交流スペース・ホール・学生食堂が入る
 ・右側には主に教室が入る
なんてことにもなってます。


特に左側には、塾員・塾生の交流スペースを確保すると共に、今北館で営業している学生食堂(カフェテリア)が移転することになっています。
これが出来ることによって、塾生塾員の交流に拍車がかかることが期待できそうです。






その後、直会もそこそこに中座して、図書館に用事があったので三田の山へ。



091207_07_maboroshi.jpg
スロープを登りきった場所にある「幻の門」



三田祭が終わって2週間あまり。

当然のように中庭の大銀杏の葉は見事に散り切っておりました。


091207_08_oicho.jpg
中庭の大銀杏



「もう完全に冬支度なのかな」と思って歩いてみると、
まだ準備しきれていない木を発見。

研究棟・西横の銀杏は、今が盛りとばかりに黄色い葉を黄金色に輝かせておりました。


091207_09_icho.jpg
黄金色に輝く銀杏




南校舎の工事は、これから2011年の春前まで、約一年半続きます。


工事期間中に三田で授業を受けることになってしまった塾生には大変申し訳ないですが、次の五十年のために、工事が無事終了することを祈っています。




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2009年09月17日

9月17日の三田&第32期第18回評議員会

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今日17日は、14時から評議員会が開催されました。




いつもどおり、田町駅からキャンパスに向かったのですが・・・


あるべきものが、あるべき場所に、無いんです。

右に新図書館、左に大学院棟が見えるわけですが、
その真ん中、正面にあるはずの南校舎がありません。


090917_mita01.jpg
正門前から1:左に大学院棟、右に新図書館


090917_mita03.jpg
正門前から2:新図書館前の巨大クレーン



解体工事開始から二ヶ月あまり。
いよいよ、ここまで工事が進捗していたんですね。



090917_mita05.jpg
警備室前から1:ガレキと化した南校舎


090917_mita06.jpg
警備室前から2:ガレキと化した南校舎


正門側からは、これまでであれば「南校舎下をくぐる」ルートで中庭に出ていたわけですが、工事中は「新図書館の横をぐるっと回る」ルートになります。

こうなると、田町駅から来るルートは
 ・三田通り沿いの東門
 ・消防署横の南館下の通用門
になりますね。


さて、新図書館の横をぐるっと回って中庭に出てみると
そこにもこれまで見たことのない光景が。


090917_mita09.jpg
中庭から1:奥の白いビルは駅前の森永ビル


090917_mita07.jpg
中庭から2:そこにあったはずの壁が・・・


090917_mita08.jpg
中庭から3:右奥に見えるのはグランパークタワー



私は、評議員会前には必ず「古巣」であるメディア・コミュニケーション研究所の事務室に拠ることにしているので、今日も同じように事務室に向かったわけですが、ここがなんと特等席。


下から見るだけではわからなかった、南校舎の解体の全容が一望できるではありませんか。

以前の景色は右を見ると南校舎が「壁」として立ち塞がっていたというのに。



090917_mita10.jpg
7階から下を望む1:遠くに見える白いビルが森永ビル


090917_mita11.jpg
7階から下を望む2:せわしなく動くショベルカー


090917_mita12.jpg
7階から下を望む3:残った壁を壊そうとする重機


090917_mita13.jpg
7階から下を望む4:残り、柱1本



ここでタイムアップ。


14時からは評議員会です。



前回7月の評議員会では、江田に設置予定の小中学校の延期案を巡り「近年稀に見る活発な議論」(by某評議員)が行われた結果、2時間半(通常は2時間はかからない)という長丁場になったのですが、今回は一年前に設置した「慶應義塾ガバナンス検討委員会」からの答申案を巡って意見・質問・要望が相次いだため、他の議題も含めて2時間めいいっぱいの会議となりました。(詳しい内容は、別の機会に)




評議員会が終わって中庭に戻ってみると、既に工事は一段落。


090917_mita14.jpg
「建物」が消えた跡。


南校舎は、無くなっておりました。





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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと31日
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2009年09月11日

【予定】0918:大学院学位授与式&大学卒業式

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来週の金曜日、9月18日は

10時〜:平成21年度9月大学院学位授与式
13時〜:平成21年度9月大学学部卒業式

が開催されます。



大学院は、3月以降9月までに修士もしくは博士の学位の授与を受けた方が対象となります。

一方、大学学部のほうは、9月卒業の制度がある「法学部政治学科」「総合政策学部」「環境情報学部」が対象となります。




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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと37日
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2009年09月10日

【予定】0917:第32期第18回評議員会

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来週の木曜日の9月17日は、久しぶりの評議員会です。


この2ヶ月の間、自分自身が忙しかったせいもありますが、義塾関係の行事もあまりなかったので、「2カ月おき」であることは変わらないわけですが、すごく「久しぶり感」がします。


前回の評議員会のときは、取り壊し前、
ちょうど1ヶ月前ぐらいのときは取り壊し中、
だった南校舎ですが、一体どうなっているのでしょうか・・・



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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと38日
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2009年07月22日

新しい小・中学校の開設時期の延期について(公式文)

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新しい小・中学校の開設時期の延期について
《プレスリリース:慶應義塾:7月21日付》




慶應義塾創立150年記念事業のひとつとして、かねてより計画中の新しい小・中学校(横浜市青葉区)につきましては、これまで2011年4月の開設を予定していましたが、財政状況の変化に鑑み創立150年記念事業全体の見直しを行うこととし、開設時期の延期を、2009年7月21日開催の慶應義塾評議員会で決定しましたので、お知らせします。

なお、新たな開設時期につきましては、可及的速やかに着工することを前提として現在検討中であり、今後決定次第あらためてお知らせします。





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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと88日
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2009年07月14日

【予定】0721:第32期第17回評議員会

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1週間後の21日(火)は、第17回目の評議員会です。



前回の5月27日(水)は、安西祐一郎塾長の最後の評議員会でしたが、今回は清家篤塾長の最初の評議員会になります。



前回は、主要な議題は収支決算の承認であり、既に発表されているとおりです。

平成20年度収支決算について

2008年度:収支決算の概略

2008年度:有価証券の期末保有額と期末保有有価証券評価損・含み損




今回は、清家政権最初の評議員会となります。

これまでのような運用が困難になりつつある中で、今後どのように義塾を方向付けていくか、その方針が明らかになるかと思います。


これまでと同様に、評議員の一人として、しっかりと見つめていこうと思います。






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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと96日
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2009年06月02日

南校舎&南別館

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最近の三田の姿シリーズ、第二弾をお届けします。




現在の正門、南門の正面に構える南校舎は創立100年記念事業として建てられたもので、はや50年近い時を刻んでいます。

塾員皆さんも、この南校舎がなかった記憶をお持ちの方は、あまり多くないのではないでしょうか?


正面に「どん」と建つその姿は、ちょっと威圧感さえ感じます・・・


090527_mimami.jpg
ただいま現在の南校舎



この校舎、さすがに五十年前の作りということで、耐震性やら何やらの問題もあり、この150年記念事業の一環として立て替えられることになりました。


看板によると、この解体工事、6月23日から着手するようです。



そして、この南校舎の解体工事期間中の代替校舎として、そして恒久的な施設として南別館が建てられました。


090527_bekkan.jpg
南別館


この4月から早速使われているようです。


授業と授業の合間に、横断歩道に人があふれていました・・・




あ、そうそう、そういえば。

いまや三田も、授業の合間の休み時間は15分なんですよ!



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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと138日
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2009年04月30日

《塾長選挙》9:後日談

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1999年三田会、登録受付中
5月23日、大同窓会開催予定

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先日発売された『週刊新潮』の5月7日&14日ゴールデンウィーク特大号に、先日行われた塾長選挙にまつわる記事を見つけました。



まずは評議員会での模様から。

----ここから
 4月24日午後2時過ぎ。慶應義塾大学・図書館旧館2階の大会議室では、この組織のトップである「塾長」を選任する評議員会が開催されていた。
「安西・現塾長の型どおりの挨拶に続いて、塾長候補者銓衡委員会の長でもある福澤武・評議員会議長から“慎重な審議の結果、3名の候補者のうち清家篤君を新塾長として評議員会に推薦することになった”旨の報告がなされたのです」
 評議員の一人が振り返る。
「若手の評議員からは、“清家君がどんな義塾の運営を考えているのか、所信をまず伺いたい”という意見が出ましたが、古参の評議員が“ここは伝統に従って議事を粛々と進行すべきだ”とたしなめ、そのまま“異議なし”の声と拍手で清家さんの塾長選任が承認された。議事は10分もかかりませんでしたよ」

----ここまで


どなたが話されたのかは分かりませんが(当日も評議員だけで70名近くもいましたから)、「若手の評議員」は紛れもなく私です・・・


塾長選任の臨時評議員会に出席するのは、当然今回が初めてだったので、私、まったく様子が分かっていなかったんです、当日まで。


私の想定としては
1)塾長候補者が議場内にいる
2)選任前に塾長候補者が所信を述べる
3)所信を聞いた後、選任の議決に入る
と勝手に思っていました。


しかし、実際は違ったんです、これが。

1)→議場内にいない。
2)→所信は述べない。あったのは所信(選挙における)を書いた紙がA4・3枚と履歴を書いたA4・1枚。
3)→所信を聞こうにも議場内にいない(選任後入場)。


過去のブログにも書いたかも知れませんが、この塾長は「理事長兼学長」なんです。
しかも、この「100年に一度の経済不況」といわれる時代の。


私の中の理解では、このような状況であれば、まずはこの巨大組織を率いる経営者としての素質や所信、それを裏付ける価値観みたいなものを確認したうえで「舵取り」を任せるべきだと思ってたんです。


なので、そこらあたりを塾長候補者に「きちんと」確認すべく、いつものように口頭ではなく「書面」での質問を用意してたんです、ちゃんと。A4・裏表1枚で。

とはいえ、臨時評議員会の状況が前述のような状況だったので、所信を聞こうにも窘められ、そもそも本人が議場にいないので質問書を提示するタイミングもなく・・・

残念でした。

(質問書の中身にご興味がある方はお知らせください)






そしてもうひとつ、選挙に関して面白い記述が。

----ここから
「選挙は、まず大学の学部や一貫教育校、職員など12部門が2名ずつの候補者を選ぶ。そして、やはり各部門選出の選挙人450人が一同に会し、2段階の予備選挙を行います。今回“3名連記”を義務づけた1回目の投票では、安西塾長が138票で3位に入っていましたが、上位5人に絞っての2回目の投票では、@清家篤・商学部長:286票、A国分良成・法学部長:231票、B細田衛士・元経済学部長:217票、C安西塾長:138票、D末松誠・医学部長:120票と全く票を伸ばせず4位に。塾長候補者銓衡委員会の審査の対象となる上位3名に残ることができなかったんです」
(by慶應関係者)

「1回目の投票では各学部の推薦した候補を軸に自由に投票するが、2回目は安西塾長を除いた(商・法・経の)3候補に票を集中させようとすいう戦略を皆で共有することができました」
(by杉浦章介・経済学部教授)

----ここまで


この記事で分かるのは、
1)第1回投票では「3名完全連記」の中、安西塾長は138票で3位だった。
2)第2回投票は「3名までの連記もしくは単記」という投票の中で、商・法・経の陣営はお互いに票を入れあっていた可能性がある
ということです。


第2回投票は以前にも説明したように「3名までの連記もしくは単記」です。

前回のブロクで「上位3名はおそらく3名連記、下位2名は単記だったのでしょう」という記事を書きましたが、どうやらその読みはあっていたようです。


450名で候補者が5人ですから、一陣営あたりに分配すると90名。
90名ずつの3陣営がお互いに票を入れあうとすると、計算上は270票になります。

一位だった清家さんが286票ですから、この計算にほぼ近い形で「3陣営の票の入れあい+アルファ」だったのでしょう。


ちなみに5名全員の票数を足すと992票。選挙人が450名ですから、平均すれば2名連記になっていたことになりますね。

票の入り具合をみると、やはり上位3名は3名連記、下位2名は単記というのが理解としては正しいでしょうね。




それにしても面白い投票制度です。

学部ごとの選挙人の人数も三田4学部、理工、医、が48名ずつなのに対し、SFCは3学部合わせて48、薬は12ですしね。
(一貫教育校と職員は各48です)



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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと169日
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2009年04月25日

《塾長選挙》8:塾長選任

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1999年三田会、登録受付中
5月23日、大同窓会開催予定

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結果は皆さんのご存じのとおりです。


商学部長・商学研究科委員長の一期目(2007年10月〜)の清家篤君が、2009年5月28日からの4年間、塾長(理事長兼学長)に就任することが決まりました。
ちなみに
 ・元塾長:石川忠雄君は、塾長就任前に法学部長を3期6年
 ・前塾長:鳥居泰彦君は、塾長就任前に経済学部長を2期4年
 ・現塾長:安西祐一郎君は、塾長就任前に理工学部長を4期8年


次期塾長に、清家篤商学部長が選任される
《ニュース:慶應義塾:2009年4月24日付》



慶応新塾長に清家篤氏 学生に「自分で考えること必要」
《報道記事:朝日新聞:2009年4月24日付》


慶応新塾長に清家氏
《報道記事:読売新聞:2009年4月25日付》


次期慶応塾長に清家篤氏 「実学の精神引き継ぐ」
《報道記事:日経新聞:2009年4月24日付》


慶応義塾:新塾長に清家篤氏を選任
《報道記事:毎日新聞:2009年4月25日付》


慶応義塾 新塾長に清家氏
《報道記事:MSN産経ニュース:2009年4月24日付》


慶応塾長交代 背景に「理工学部出身」への反発?
《報道記事:MSN産経ニュース:2009年4月24日付》






純粋に事実に焦点をあてて、今回の塾長選挙を振り返ろうと思います。



では、はじめから。


ブログの中でも一度説明を書きましたが、現在の塾長選挙は、

ステップ1)各部門(12部門)における、第一次塾長候補者各2名の推挙

ステップ2)「塾長候補者推薦委員会」での、各部門から選ばれた推薦委員(計450名)による、第二次塾長候補者の選出
ステップ2−1)のべ24名(12部門×2名)→5名【3名完全連記】
ステップ2−2)5名→3名【3名以内の連記または単記】

ステップ3)塾長候補者銓衡委員会における塾長候補者1名の選任

ステップ4)評議員会における塾長の選任

というステップで構成されています。



さて、ではこれまでの《プレイバック》と同様に詳細を。



ステップ1)
第一次塾長候補氏名(五十音順、敬称略)
 文学部:関場武、長谷山彰
 経済学部:清家篤(商)、細田衛士
 法学部:朝吹亮二、国分良成
 商学部:桜本光、清家篤
 医学部:安西祐一郎(理)、末松誠
 理工学部:安西祐一郎、真壁利明
 総合政策学部:阿川尚之、金子郁容
 環境情報学部:金子郁容(総)、徳田英幸
 看護医療学部:金子郁容(総)、山下香枝子
 薬学部:安西祐一郎(理)、西村太良(文)
 一貫教育校:安西祐一郎(理)、大貫義容(普)
 職員:安西祐一郎(理)、末松誠(医)


のべ24名は以上(慶應義塾報2182号(臨時号)21年4月16日発行より抜粋)ですが、

これを個人別に推挙された部門数で並べ直してみると、
 5:安西祐一郎(医、理、薬、一、職)
 3:金子郁容(総、環、看)
 2:清家篤(経、商)、末松誠(医、職)
 1:関場武(文)、長谷山彰(文)、細田衛士(経)、朝吹亮二(法)、国分良成(法)、桜本光(商)、真壁利明(理)、阿川尚之(総)、徳田英幸(環)、山下香枝子(看)、西村太良(一)、大貫義容(普)
となります。

部門数としては安西さんが最多の5部門、それに続くは金子さんの3部門でした。

部門の中身を見てみると分かるのが、安西君を推挙したのは医、理、薬、一、職、の三田以外の3キャンパス(矢上、信濃町、芝共立)。
金子君はキレイにSFCの3学部。
清家君は三田の2学部。
末松君は信濃町(職員の半数は信濃町の看護師なので、こういう解釈です)。


ステップ2)
第一次塾長候補者は延べ24名ですが、実際の人数は上に見たように16名。

この16名に対して、
ステップ2−1)のべ24名(12部門×2名)→5名【3名完全連記】
ステップ2−2)5名→3名【3名以内の連記または単記】
が行われたわけです。

この「塾長候補者推薦委員会」での、各部門から選ばれた推薦委員(計450名)の数を、各候補者に按分してみると
 文学部(48)→関場武(24)、長谷山彰(24)
 経済学部(48)→清家篤(24)、細田衛士(24)
 法学部(48)→朝吹亮二(24)、国分良成(24)
 商学部(48)→桜本光(24)、清家篤(24)
 医学部(48)→安西祐一郎(24)、末松誠(24)
 理工学部(48)→安西祐一郎(24)、真壁利明(24)
 総合政策学部(18)→阿川尚之(9)、金子郁容(9)
 環境情報学部(18)→金子郁容(9)、徳田英幸(9)
 看護医療学部(12)→金子郁容(6)、山下香枝子(6)
 薬学部(18):安西祐一郎(9)、西村太良(9)
 一貫教育校(48):安西祐一郎(24)、大貫義容(24)
 職員:(48)安西祐一郎(24)、末松誠(24)
となります。

さて、これを委員の数順に並べ直してみると
 105:安西祐一郎(医24、理24、薬9、一24、職24)
 48:清家篤(経24、商24)、末松誠(医24、職24)
 24:金子郁容(総9、環9、看6)、関場武(文24)、長谷山彰(文24)、細田衛士(経24)、朝吹亮二(法24)、国分良成(法24)、桜本光(商24)、真壁利明(理24)、大貫義容(一24)
 9:阿川尚之(総9)、徳田英幸(環9)
 6:山下香枝子(看6)、西村太良(薬6)
となります。

とはいえ実際には、この「ステップ2−1」は『3名完全連記』ですので、上記の安西君分(と勝手にシミュレートした)の委員も、安西君以外に二人の名前を書けるわけです。


いずれにせよ、この16名から5名が選ばれたわけです。


そして次に「ステップ2−2」は、この5名を3名へ絞り込む投票が行われました。


さて、この第二回目の投票ですが、ポイントは「3名以内の連記または単記」であるということです。


これの意味するところは、450名の推薦委員が、ある人は1名を、ある人は3名を、5名の中から書けるということです。



450名の委員が5人を選ぶ。
平均すれば、候補者一人当たり90票です、全員が単記すれば。
仮に選ばれた3名に投票が集中したとしたら、候補者一人当たり150票。これもまた全員が単記であることが条件です。
単記とは、要は「意中の候補に投票する」ということでしょうか。
仮に3名連記ができるにしても、他の候補に興味がなく「自分はこの人」ということであれば、単記でしょう。

ただ、実際には朝日新聞の報道を見る限り「3位までの候補者がいずれも200票を超えた」ということですから、上記のような単記中心の投票ではなかったのでしょう。

むしろ3名連記を考えてみると、5人の候補者で考えれば一人当たり270票。仮に3名に集中したとして450票。

このシミュレーションを総合して考えると、おそらく上位3名までは3人連記で投じられた票が多く、4位5位については単記中心だったと考えるのが自然ではないでしょうか。




そして、この3名までの絞り込みで選ばれたのが、国分良成君、清家篤君、細田衛士君(五十音順)で、この3名が塾長候補者推薦委員会で選ばれた旨が臨時評議員会においても報告されました。
(評議員会での報告でも「五十音順」で報告されました)



とはいえ、ここまではきちんとした決まりではない「塾内申し合わせ」によるプロセスなんですが・・・




その後、4月21日に開催された「塾長候補者銓衡委員会」において、上記3名からうち1名を塾長候補者として選任したわけです。

この「塾長候補者銓衡委員会」についても以前書きましたが、その構成員は
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 1 評議員会議長 1名
 2 評議員会に於いて互選された者(規約第19条第2項第1号の評議員を除き、本条第2項第3号から第7号の合計数と同数とする) 13名
 3 嘗て塾長たりし者 1名
 4 大学学長 ただし現に塾長たる者は除く 0名
 5 大学各学部長 10名
 6 大学以外の学校の校長のうちから互選された者 1名
 7 部長以上の職員のうちから互選された者 1名
----------
の計27名となっており、メンバーは「評議員会議長1名+評議員13名」で外部メンバーが多くなっている一方、今回については上記の候補者2名もいるという形になっていました。


ここは、「塾長候補者銓衡委員会規則」といったルールがあり、これに拘束されます。

ただし、この規則には、これより前のプロセスとの連続性はどこにも規定されておらず「一名、塾長候補を選出する」とだけ規定されているんですけどね。




そして24日14時からの臨時評議員会において、この「塾長候補者銓衡委員会」から選出された塾長候補としての清家篤君について、塾長選任の議決を行ったというわけです。(実際には、選任されるまで清家君は会場には入らず、略歴と選挙での所信表明が机上にあっただけで、選任後に入場されました)



現塾長の任期は5月27日まで、新塾長の就任は5月28日です。



2009031913320001.jpg
(評議員会会場@旧図書館大会議室:2009年3月撮影)




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2009年04月24日

《塾長選挙》7:いよいよ本日


いよいよ、今日14時より、臨時評議員会が開催されます。



議題はただ一つ、「塾長の選任」です。



既にご存知の方も多いかと思いますが、
先日19日(日)に開催された塾長候補者推薦委員会において、
第一次塾長候補者の一人であった、現職の安西祐一郎塾長が
第二次塾長候補者の三名に残らないという結果となっています。



慶応・安西塾長が塾長予備選で落選
《報道記事:朝日新聞:09年4月19日付》


-----ここから

慶応義塾の塾長で、政府の教育再生懇談会座長などを務める安西祐一郎氏(62)が、19日あった塾長選挙の「予備選挙」で落選したことが分かった。得票数が少なく、最終選挙の候補者となる3人に選ばれなかった。

 学内関係者によると、19日に開かれたのは候補者の推薦委員会。10学部などから推薦された候補者16人に、部門の代表者約450人が投票した。1回目の投票で5人を選び、2回目(1人3票まで)を行ったが、3位までの候補者がいずれも200票を超えたのに対し、安西氏は大きく下回り、4位にとどまった。

 安西氏は理工学部長などをへて01年、塾長に就任した。将来の大学間の競争激化を見据え、08年4月に共立薬科大と合併するなど、積極的な大学経営を進め、今回の選挙で3選を目指していた。

 また、教育再生懇座長のほか、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)大学分科会会長、環太平洋大学協会会長など、内外の要職を務めていることから、教育行政への影響もあるとみられる。

 新塾長は21日にある最終の選挙で候補者が1人に絞られ、24日の臨時評議員会で正式に決定される。

-----ここまで






この19日の塾長候補者推薦委員会において推薦された、第二次塾長候補者3名は、21日に開催された「塾長候補者銓衡委員会」において1名に絞られ、今日「塾長候補者」として目の前に登場することに。




ここ数日、書くに書けず、ようやく書きました・・・




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2009年04月19日

《塾長選挙》6:プレイバック:平成17(2005)年

いよいよ今回は、塾長選挙プレイバックシリーズの最終回(第四回)、平成17(2005)年です。


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というより、今日4月19日は、塾長候補者推薦委員会の開催日で、これまでお読みになっている方はご存知かと思いますが、各学部から推挙されたのべ24名の第一次塾長候補者に対する、各部門選出の450名の委員(代議員)による投票日です。

この投票によって、3名の第二次塾長候補者が選ばれ、21日の塾長候補者銓衡委員会に選出されることになります。

ちなみに選任そのものは、24日の臨時評議員会で行われるわけですが。



明日には結果が分かるのでしょうが、ちょっとドキドキです。


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さて、それは明日においておいて、今回は前回(平成17年、2005年)の選挙について。





この選挙の結論は、ご存知のとおり「安西塾長再選」です。

では、そこに至る経緯を見て見ましょう。



まず、ステップ1の「第一次塾長候補」ですが、11部門からのべ22名の候補が推挙されました。
(今年は薬学部もありますが、前回までは11部門です)


第一次塾長候補氏名(五十音順)
 文学部:関場武、西村太良
 経済学部:清水雅彦、細田衛士
 法学部:小此木政夫、森征一
 商学部:黒田昌裕、十川廣國
 医学部:安西祐一郎(理)、北島政樹
 理工学部:安西祐一郎、稲崎一郎
 総合政策学部:小島朋之、村井純(環)
 環境情報学部:小島朋之(総)、村井純
 看護医療学部:山崎元、吉野肇一
 一貫教育校:安西祐一郎(理)、細田衛士
 職員:安西祐一郎(理)、北島政樹(医)


この塾長候補者のべ22名を、いつもどおり推薦部門数で並べ直してみると、以下のようになります。


4:安西祐一郎(理)
2:北島政樹(医)、小島朋之(総)、細田衛士(経)、村井純(環)
1:関場武(文)、西村太良(文)、清水雅彦(経)、小此木政夫(法)、森征一(法)、黒田昌裕(商)、十川廣國(商)、稲崎一郎(理)、山崎元(看)、吉野肇一(看)


一見すると「現役:安西塾長ダントツ」なのですが、安西塾長を推挙したのは、医、理、一、職の四部門。職員枠は「現職&病院」という傾向は毎回ですし(職員には病院の看護師も含むので)、一貫校も現職が強いことを考えると、実質的にはお膝元の理工学部以外は医学部のみとなっています。

むしろ、三田の4学部すべてが「自学部の学部長+1」を推挙しているというのが気になるところです。
また独自の動きをしているのがSFCの総環。それぞれ1名づつ、仲良く候補に推挙しています。




そして、こののべ22名の推薦者が「塾長候補者推薦委員会」に推挙され、文・経・法・商・医・理工・諸学校・職員が各48名、総・環が各18名、看護が12名(SFC全体で計48名)の432名(票)による投票の結果、以下の3名が「塾長候補者銓衡委員会」に選出されました。


第二次塾長候補
安西祐一郎(理)、北島政樹(医)、森征一(法)

医学部がここまで来ているというのが特徴ですね。
看護効果があったのでしょうか?




とはいえ、この中から一名が塾長候補として評議員会に推薦され、評議員会にて、安西君が塾長に再任されることになりました。


塾長
安西祐一郎(理)




2009041823270001.jpg
4月18日夜の東京タワー(オリンピックカラー)




さてさて、今年や如何に。





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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと180日
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2009年04月14日

港区三田会

今日18時半から、赤坂のグランドプリンスホテル赤坂にて、港区三田会の年次総会&懇親会が開催されました。



港区三田会は、連合三田会登録されている地域別三田会の一つで、文字通り港区に関係する塾員によって構成されています。


毎月開催される月例会(第二火曜日@虎ノ門)、都度開催されるイベントなどがあり、常時10〜20名近い会員の方が参加されています。



今回は年に一度の総会ということで、50名近い方がご参加されていました。


港区三田会、「三田」のお膝元の三田会ということもあり、来賓としては服部禮次郎連合三田会会長、慶應義塾からは工藤教和常任理事と塾員センターの蠣崎部長にも列席いただきました。


私自身はこの総会に出席するのは今回が初めてだったのですが、今回が20周年目の総会だったそうです。


この総会で、これまで2期6年にわたって会長を務められてきた椎名武雄君(理事・評議員)が会長を退かれ、新たに佐治信忠君(理事・評議員)が会長となられました。




総会は、工藤常任理事の塾近況報告も含めて50分弱で終了し、その後は懇親会となりました。




懇親会の様子:その1
090414_ (0).jpg


懇親会の様子:その2
090414_ (1).jpg


懇親会のサプライズゲストの「IBM ビッグブルーチアリーダーズ」との椎名・佐治新旧会長の記念撮影
090414_ (2).jpg





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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと185日
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2009年04月07日

《塾長選挙》5:プレイバック:平成13(2001)年


さて、今回は塾長選挙プレイバックシリーズ第三回、平成13(2001)年です。


最近《塾長選挙》シリーズの更新を怠っていたら、お会いした読者から「最近、塾長選挙シリーズの更新ないけど、どうしたの?」と聞かれてしまいました・・・・

すいません。。。




ではでは、さっそく選挙の様子を振り返ってみましょう。




結論を先に言ってしまうと「鳥居さんに代わり、安西さんに交替した」
選挙が、この年です。




まず、ステップ1の「第一次塾長候補」ですが、11部門からのべ22名の候補が推挙されました。


第一次塾長候補氏名(五十音順)
 文学部:安西祐一郎(理)、関場武
 経済学部:飯田裕康、鳥居泰彦
 法学部:筑紫文耀、山田辰雄
 商学部:黒田昌裕、十川廣國
 医学部:猿田享男、鳥居泰彦(経)
 理工学部:安西祐一郎、戸張規子
 総合政策学部:鵜野公郎、鳥居泰彦(経)
 環境情報学部:鵜野公郎(総)、斎藤信男
 看護医療学部:安西祐一郎(理)、山崎元(看)
 諸学校:安西祐一郎(理)、鳥居泰彦(経)
 職員:斎藤勉、鳥居泰彦(経)


このタイミングでは、看護短期大学が看護医療学部として「学部」に昇格していたため、これまでの10部門ではなく、11部門となりました。


さて、この塾長候補者のべ22名を推薦部門数で並べ直してみると、以下のようになります。


5:鳥居泰彦(経)
4:安西祐一郎(理)
2:鵜野公郎(総)
1:関場武(文)、飯田裕康(経)、筑紫文耀(法)、山田辰雄(法)、黒田昌裕(商)、十川廣國(商)、猿田享男(医)、戸張規子(理)、斎藤信男(環)、山崎元(看)、斎藤勉(職)


現職の鳥居塾長が最多の5、次に当時理工学部長だった安西さんが4、それ以外は2もしくは1となっています。

これをもう少し推薦学部別に見てみると、推薦部門数こそ最多の5である鳥居塾長を推薦した学部は「経、医、総、諸、職」となっており、三田の支持は出身学部の経済だけということが分かります。

一方、安西さんは「文、理、看、諸」となっており、出身学部の理工は当然としても、三田(文学部)から推薦を得ているというのが大きな特徴でしょうか。





そして、こののべ22名の推薦者が「塾長候補者推薦委員会」に推挙され、文・経・法・商・医・理工・諸学校・職員が各48名、総・環が各18名、看護が12名(SFC全体で計48名)の432名(票)による投票の結果、以下の3名が「塾長候補者銓衡委員会」に選出されました。


第二次塾長候補
安西祐一郎(理)、関場武(文)、鳥居泰彦(経)



そしてこの中から一名が塾長候補として評議員会に推薦され、評議員会にて、安西君が塾長に選任されました。


塾長
安西祐一郎(理)




一般に言われているところでは、鳥居塾長の「拡大路線」に対しての反対票が結束したと云われております・・・






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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと192日
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2009年04月06日

【報告】0403:平成21年度大学入学式

先日、4月3日、平成21年度の入学式が行われました。


平成21年度大学入学式
《ニュース:慶應義塾:09年4月6日付け》



ご存知の通り、昨年創立150年を迎えた義塾にとって151年目の新入生ということになります。


09040301_ent.jpg


実は、この入学式には別の意味がありました。


この、現在の「日吉記念館」での最後の入学式なんです。


大学院の入学式は、明日火曜日に三田キャンパスの西校舎ホールで予定されているので、日吉記念館での式典系イベントはこれが本当最後なんです。


この入学式を最後に(蝮谷の体育館建設のスピード次第ですが)日吉記念館は解体され、2011年度の卒業式までに新しい記念館に建て替わることになっています。

現在の記念館は、創立100年記念事業の一環として建てられた建物ですが、それから50年経ち、老朽化に加え耐震面などの問題もあり、この創立150年事業の一環として建て替えることになったというわけです。




ということで、この意味深い入学式に出席すべく日吉に向かったわけですが、山手線が人身事故で運転を見合わせており、危うく間に合わないところでした・・・



開式
学事報告
式辞
学部長等紹介
教職員代表祝辞
塾員代表祝辞
入学の辞
卒業50年(昭和34(1959)年三田会)記念塾員代表寄付目録贈呈
塾歌斉唱
閉式



09040302_pre.jpg



今回の入学式の中で印象的だったのは、「塾員代表祝辞」「卒業50年(昭和34(1959)年三田会)記念塾員代表寄付目録贈呈」の二つでしょうか。


09040303_saku.jpg



今年の塾員代表祝辞は、現在評議員も務められていらっしゃる、日本アイ・ビー・エム最高顧問の北城恪太郎君でした。
北城さんは、「私も40年近く前に皆さんと同じように入学式に参加し、塾員代表の方から祝辞をいただいたはずなのですが、どなたからお話いただいたかは残念ながら覚えていません。従って皆さんも、私が話していたかどうかなどは覚えておいていただく必要はないのですが、これからお話しする3つのことは覚えておいてください」と話を始められ、会場の笑いを誘ってらっしゃいました。



09040304_kita.jpg



また、今年の入学式へ招待されていた、卒後50年の塾員の皆さん方ですが、この大先輩方は、大学4年生の時に創立100年記念式典を、新築直後の日吉記念館で体験し、日吉記念館にとって初めての卒業式を行った「特別な年」の方々なのです。
そして、この「二度目の」入学式をもって、この日吉記念館が解体される、と。



09040305_50th.jpg


09040306_hall.jpg



入学式が終わり、外に出てみると、そこはまさに、人、ヒト、ひと。



卒業式は「卒業生」+「保護者」+「卒後25年招待塾員」ですが、
入学式は「新入生」+「保護者」+「卒後50年招待塾員」+「新人勧誘の学生たち」
なのです。

新入生:6500、保護者:2000、卒後50年招待塾員:1000、これに加えての新歓学生たちですから、あの瞬間の日吉には1万2千人ぐらいはいたのではないでしょうか。



09040307_out.jpg


以前は、駅に出るには銀杏並木を通るしかなく「逃げ道」がなかったわけですが、今年からは第四校舎独立館という別ルートが出来たおかげで、信号の前まではスムーズに出ることが出来ました。


09040308_doku.jpg


09040309_ent.jpg



とはいえ、後ろを振り返ってみると・・・


09040310_sig.jpg


まさに壮観です。



銀杏並木の向こうに「今の」記念館をみるこの絵も、これで最後ですかね。


09040311_namiki.jpg



来年の入学式は、どこでするんでしょうね?




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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと193日
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2009年03月30日

【報告】0330:平成20年度大学院学位授与式


今日、大学院の学位授与式が行われました。



ところで、この大学院の式、「学位授与式」と「学位記授与式」と表現するところと、大きく二つに分かれるようです。

なんとなく「学位記授与式」とするところは国公立大学が多いようですが・・・



09033001_kinen.jpg




今日の式は、私にとって「評議員として参列する」以上に特別の意味がありました。


というのも、学部ゼミ同期で博士課程まで進んだ友人の最後の一人が、この日学位を授与される(しかも壇上で)予定だったからです。


いやぁ、我が事のように感慨深いです。


私の場合「学問(研究・教育)を職業とする」方向に突き進む度胸が無く、学部卒業時点で就職を選んでしまったほうだったので、初志を貫いて学問の道に進んだ友人たちは、ある意味、羨望の的でした(今でもそうですね)。


その後、修士課程には別の分野で進んだものの、これまた必要最小限のところで早々に出てきてしまったため、自分自身の中では消化不良感が残っているんです。


とまぁ、様々な意味で同期が学問の分野でがんばっている姿は、羨ましく、また誇らしく、見ているわけでして。





しかも、この日吉記念館にとって「送り出す」系のイベントはこれが最後。

思わず、記念館から並木道を見入ってしまいました。


09033002_2nd1.jpg


09033003_2nd2.jpg



さて、実際の式は
開式
学事報告
学位記授与
式辞
教職員代表挨拶
塾歌斉唱
閉式
と進みました。



09033004_hall.jpg


現在この式では、甲類(課程)と乙類(論文)に分かれている博士号、二年制の修士号、更に三年制の専門職学位と三種類の学位が授与されています。

それぞれ、課程博士が177名、論文博士が57名、修士が1241名、専門職学位が231名となっています。

課程博士(76)と修士(674)の最大勢力は理工学研究科、博士号授与の研究科としては課程(41)&論文(42)で医学研究科が最大勢力です。



09033005_dan.jpg


なんと言っても、私にとってのハイライトは、わが同期の壇上での学位授与。


09033006_distri.jpg



時間としてはあっという間でしたが、その瞬間は、非常に感慨深かったです。


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09033008_dai.jpg



式は恙なく終わり、学位を得た方々は、三色旗のそばに集まって写真を撮っていました。



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09033010_hall.jpg



この記念館とも、あと少しですね。



09033011_out.jpg




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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと200日
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2009年03月26日

《連三田》福引部会キックオフパーティ@三田


3月末から4月頭にかけては、諸行事目白押しです。


これまでであれば、評議員として、3月は学部卒業式と大学院学位授与式、4月は学部入学式と大学院入学式に参列するというだけだったのですが、今年に関しては「連三田」関連のイベントも、これに付け加わっています。


23日は、午前中の学部卒業式だけでなく、夜に連三田の同期会合。
24日は、夜に三田で福引部会のキックオフパ−ティ。



さて、今日はその24日の福引部会のキックオフパーティの話を。



今回の連三田では、総務本部と福引部会に私は属しているわけですが、福引部会については同期の部会長をしております・・・

福引部会は、大会当日に大会券に記載された番号に基づいて抽選することになる福引の商品をご協賛いただける企業・団体・個人に営業をかけることが仕事です。

その意味では、大会当日というより大会までが仕事となる部会です。




この「決起集会」的位置づけとして、三田キャンパス・ファカルティクラブにてキックオフパーティが開催されました。




パーティには、30年上、20年上、10年上、そして我々の代、合わせて50名近いメンバーが揃いました。

同期の中では、福引部会の会議に最も出ているほうなのですが、それでも初めてお会いする方が多く、全員とはちょっと難しかったのですが、諸先輩方にご挨拶させていただくことができました。



同期も、私を含め8名も集まることができ、福引部会の概要や実際の動き方について、色々話すことができました。



福引は、これからが本番となります。



気合入れねば。






今日のニュース:
NYのエンパイアステートビル、WBC優勝を受けて日本の国旗の色になったようです。



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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと204日
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2009年03月25日

《連三田》第3回同期会合


23日には、午前中に卒業式があったのですが、夜には連三田の同期による集まりがありました。


今回で3回目になるのですが、今回初めて「平日」「夜」の開催となりました。



なぜこの日程になったかというと、それは午前中の卒業式が関わっています。

昨日の卒業式の話にも書いたのですが、義塾の卒業式は終了直後に「年度三田会の発足式」に切り替わります。その年度三田会の発足式の際に、その年の連三田の当番年にあたる卒業10年、20年、30年、40年の代表が紹介されることになっています。

ここに登壇するということで地方から上京する方がいたので、ではこのタイミングで同期会合を開こうということになり、これまでの「週末」「昼」ではなく「平日」「夜」ってことに。




前回の第2回会合から大きく変化したことと言えば、
 ・同期の実行委員がだいぶ増えた
 ・5月23日開催予定の「大同窓会」の中身が固まってきた
 ・大会記念品の概要が見えてきた
 ・福引の商品の概要が見えてきた
ってところでしょうか。


特に大同窓会については、早ければ四月上旬には同期約6000人に案内を出すことになる予定です。


案内の送付先ですが「塾員原簿」に記載されている住所宛に送付することになっています。
この登録されている住所ですが、卒業時点での「保証人」の住所になっているので、多くの方は実家がそれに該当するかと思います。

とはいえ、あれから10年。

転勤や結婚などによって住所が変わっている方も多くいらっしゃるかと思います。


ここでお願い。


卒業時点と住所が変わっているという自覚がある方については、この際ぜひ住所変更をお願いします。

住所変更は塾員センターで受け付けていますので、ウェブサイトをご覧いただき、メール、FAX、はがきなどの方法で、ぜひ変更をお願いします。




会合終了後は、飲み会へ。


久しぶりの「和民」。

いつの間にかビールのピッチャーの形が変わっていたのには、驚きました。

それよりも驚いたのは、初「和民」の人がいたこと。


会合そのものは15名弱だったのですが、飲み会には、このタイミングにようやく間にあった人も含め、いつの間にか20人強の大宴会になってました。


090323_t1.jpg
赤羽橋から見る東京タワー

090323_t2.jpg
東門前の横断歩道から見る東京タワー



こっちは中高の同期。



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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと205日
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2009年03月24日

【報告】0323:平成20年度大学卒業式


月曜日の3月23日、この日付は、義塾の学部卒業式の日です。

私が卒業したのはちょうど10年前のことになりますが、その日も3月23日。義塾では曜日ではなく、日付で卒業式の日が決まっています。


平成20年度大学卒業式
《ニュース:慶應義塾:09年3月24日付》




さて、ということで朝早く出かけて行った日吉ですが、駅を出てみてビックリ。

正面右手に協生館がある姿には慣れたのですが、銀杏並木を挟んで反対側に、新たな建物が出現していました!


mixi-090323_.jpg
綱島街道沿いに立った「独立館」


この建物の名前は「独立館」と名付けられました。

銀杏並木を挟んで、左手に「独立館」、右手に「協生館」という配置になるわけです。

独立館の中身は、来週竣工式が予定されているので詳細はその際に見ることとして、時間も迫っていたことから、そそくさと並木道を記念館へ。


mixi-090323_ (1).jpg
並木正面の看板




この日吉記念館ですが、創立100年記念事業として建てられた建物です。

しかし、時間経過に伴う老朽化や耐震面での問題から、今年を最後に解体され、新たな記念館が建てられることになっています。

つまり、この記念館で学部の卒業式をするのは、今日が最後になるわけです。
(ここでの式典は、大学院学位授与式、大学入学式が残っていますが)


mixi-090323_ (2).jpg
正面からの日吉記念館



職員のみなさんに挨拶しながら記念館の中に入ると、例年と同じく、日吉記念館の中は、ヒト、人、ひと。


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記念館内部


1階フロアは卒業生でいっぱいで、2階席も卒業生に加えて、この卒業式に招待されている卒業25年になる1984(昭和59)年の諸先輩方も。


そして私は、評議員および教職員用の参列席である、最前列右手へ移動。

控え室にとどまることなく、すぐに席に向かったので、評議員用席には一番乗り。

まだ檀上者も登場していませんでしたから、檀上は福澤先生おひとり。


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檀上の福澤先生


ちなみに、今回の卒業席に参列された評議員は、メルシャンの鈴木忠雄君に、ゼロックスの小林陽太郎君。
このお二人には、いろいろな機会でお会いさせていただいています。





実際の卒業式の開式は、予定時刻から10分遅れて10時10分から。


西村常任理事による学事報告
塾長による学位記授与と表彰状授与
その後は、塾長からの祝辞


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塾長による祝辞


塾員代表祝辞は、評議員でもある、横河電機会長の内田勲君から。


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祝辞を述べる内田君


塾員代表祝辞の後は、
在学生送辞
卒業生答辞
があり、最後は塾歌斉唱。


と、卒業式はここまで。


普通の大学であれば、いや大抵の大学であれば、式典はここまでですが、ここから先があるのが、慶應が慶應である所以。


卒業式にひきつづき、年度三田会の発足式となるのです。

この日卒業した新塾員たちが組織する年度三田会は「2009年三田会」。

私のちょうど10年下。

ということは、10年後に連三田を一緒に企画・運営するのが、この代になるわけです。



年度三田会の発足式は、
塾旗入場にはじまり、

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屹立する塾旗


服部禮次郎・慶應連合三田会会長による歓迎の挨拶、



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挨拶を述べる服部会長


年度三田会への設立助成金を贈呈したのち、
卒業25年の1984(昭和59)年三田会による、寄付目録の贈呈。

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寄付目録贈呈後の1984三田会による挨拶


ちなみに今年の寄付総額は3600万円ほど。



その後、私も関与している、今年10月18日に開催される慶應連合三田会大会(連三田)の実行委員代表紹介。


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紹介されて起立する実行委員代表の皆さん


最後は、慶應讃歌を斉唱し、塾旗が降納されて、三田会結成式は終了。




ここで私はというと、午後の仕事に間に合うべく、急いで記念館を後に。


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振り返ると記念館



独立館へ向かう道に植樹されている桜には、わずかながら花が見えていました。


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独立館へ向かう道





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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと206日
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2009年03月22日

【報告】0321:綱町三田会総会&メディアコム修了生・OBOG懇親会

昨日、三田キャンパスで、私が学部時代に所属していたメディア・コミュニケーション研究所(メディアコム、旧:新聞研究所)の修了式が開催されました。

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修了式自体には、別に参加するわけではないのですが、この修了式に合わせて、メディアコムの三田会である「綱町三田会」の総会、ならびに修了生との懇親会が開催される日であるわけです。



メディアコムのことを御存じない方のために、一通りご説明しますと、メディアコムは、戦後「日本に健全なジャーナリズムを育成する」という目的で作られた研究所で、創立当時は「新聞研究室」、のちに新聞研究所となり、10年ほど前に現在の名称となったわけです。同様の機関は、東大の新聞研究所、早稲田の新聞学科(政治経済学部)、上智の新聞学科(文学部)などにも設置されています。(今でも設立当初と同じ名称なのは上智だけですが)



という研究所のOBOG会なので、構成員は新聞、テレビ、広告などメディアやジャーナリズムの世界で活躍する方が多いのが特徴になっています。




お昼過ぎに三田に行ったのですが、キャンパスの中庭に出たら、何やら青いアカデミックガウンを着た集団が・・・

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義塾の中でアカデミックガウンを着るような文化はなかった気がするのですが、いったいどこの大学院でしょうか・・・


分からず。





実際の総会は16時からスタートで30分ほど。

この総会には、創立150年記念事業として行った記念誌出版事業の総括や、幹事の改選案件などがあり、やや盛り沢山。
今回の幹事改選は、近年稀に見る「大幅若返り」が図られ、昭和30年代卒業の大先輩方が幹事を退任され、幹事の半数以上が平成卒になることになりました。私も平成卒として引き続き幹事をお引き受けすることになりました。




修了生と綱町三田会との懇親会は16時半から生協食堂にて開催されました。

今年の修了生は48名、私の時よりだいぶ増えています。

ほぼ全員が進路(就職・進学)先を決めており、昨年就職活動をしていた学年とはいえ、このご時世ながらサスガだなと感じ入っておりました。
今年は久しぶりにアナウンサーも誕生するようです。(フジの中野美奈子さんもこのメディアコムの修了生です)



この修了生たちと、もう10年離れてることになるんですよね。


今、メディアコムの所長をしている大石裕教授とは大学一年からお付き合いさせていただいているので「あれからだいぶ時間が経ちましたねぇ」なんて話しておりました・・・


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2009年10月18日:2009年慶應連合三田会大会まで、あと208日
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