2008年03月17日

【予定】0321:第32期第9回評議員会&0324:大学学部卒業式

【今日のバンゴハン】
小洞天@有楽町

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さてさて、もう3月も半ばを過ぎました。

冬の寒さも何処へやら。

春が急ぎ足で駆け寄ってきている今日この頃です。



大学にとって3月は、まさにイベント目白押しの月です。
特に3月下旬から4月上旬の1ヶ月間は、卒業発表・卒業式・入学手続・入学式・履修登録等々と、年に一度のイベントが次から次に襲ってくる季節でもあります。



さて、今週の金曜日21日に、
第9回の評議員会が開催されます。


今回の議題は、一言で言うと「重い」です。

議題について今ここですべてをお知らせすることはちょっと難しいそうです。

この時期の通常の議案とも言える収支予算の話や、毎度毎度登場する医学部・病院関係の大型機器の購入・賃貸借はまだカワイイほうです。


長引くと思います、きっと。



議題のヒント:
国際化に対応した戦略的制度改革の推進(国際連携推進機構)
・塾長室日誌:2007年12月
・塾長室日誌:2008年1月



24日の卒業式は、通常行われる23日が休日であることから1日ずれての開催のようです。
今のところは、あまり天気は良くないようですね。

塾生から塾員への晴れの舞台なので、天気が良くなると良いですね。



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【今日(3月17日)は何の日】
湯島聖堂が完成(1690)、台北帝国大学設立 (1928)、ダライラマ14世がインドへ逃れる(1959)、アサヒビールが「スーパードライ」を発売(1987)

【今日が誕生日】
ハールーン・アッラシード(766)、ダイムラー(1834)、三木武夫(1907)、ナット・キング・コール(1917)

【今日が忌日】
マルクス・アウレリウス・アントニヌス(180)、渡辺綱(1025)、蒲生氏郷(1595)、ベルヌーイ(1782)、井上毅(1895)



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2008年03月03日

取材コメント掲載(AERA:08年3月10日号)

【今日のバンゴハン】
キンメの煮付(徳造丸)


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ご報告です。


本日3月3日発売の、「AERA」3月10日号に、取材コメントが掲載されました。


場所は
「早慶「人材力」対決」(69〜72ページ)
です。


aera_20080310.jpg


実際の取材は10日ほど前に受け、1時間の予定のところが2時間ほど色々なお話を記者さんにさせていただきました。

とはいえ、
やはり字数に限りがあるメディアというのは難しいもので・・・



私がお話しした内容を盛り込んでいただいているのは、記事の最後のほうの「シメ」の部分だけになっています。
(原稿段階では、もう少し多かったんですが・・・)




今回の特集は早稲田の国際教養学部と義塾のSFCとの比較が主なのですが、この記事を読む限り、早稲田はヒタヒタと迫ってきているようです。
「バンカラってなんですか?」という学生のコメントが、早稲田の変容ぶりが窺えます。




義塾の現在の大学学部定員は約6000名。
そのうち内部進学者は約2000名。
残り4000名程度が、大学学部での入学者(私もここに含まれます)となります。

現在の18歳人口は123万人(私の時は170万人)、
定員4000名に対する18歳人口の名目倍率は307.5倍(私の時は425倍)、
この15年ほどで競争率が30%弱ほど下がっています。

現在の出生数が110万人で推移すると仮定した場合、
約20年後の18歳人口での名目倍率は277.5倍となっているはずです。
私の受験時と比べると、競争率として35%ほど下がっている計算になります。

仮に競争倍率を425倍で固定するとすれば、その際に許容できる定員は2600名弱となります。

さて、その差は1400名。

今のレベルで「人数」規模を維持するためには1400名をどうにかしなければいけません。

今のレベルで「財政」規模を維持するためには学生一人当たり1.5倍ほどの授業料にせざるをえません。




さて、一体どこへ歩を進めていくべきなのでしょうか。




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【今日(3月3日)は何の日】
藤原清衡が中尊寺を建立(1105)、桜田門外の変(1860)、『星条旗』がアメリカ合衆国の国歌として制定(1931)、

【今日が誕生日】
アレクサンダー・グラハム・ベル(1847)、正宗白鳥(1879)、村山富市(1924)、竹中平蔵(1951)、宮台真司(1959)

【今日が忌日】
織田信秀(1551)、前田利家(1599)、督姫(1615)、井伊直弼(1860)



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2008年02月07日

写真の中の私

【今日のデザート】
ラデュレ(マカロン)


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一昨年11月に評議員に就任させていただいてから、1年3か月ほど経ちました。


評議員として必ずしなければならない仕事として「評議員会への出席(隔月)」がありますが、それ以外にも義塾からの出席依頼をいただくものがいくつかあります。


(これまで依頼があったものの例)
 ・入学式
 ・卒業式
 ・名誉博士号授与式
 ・(新規施設)地鎮祭/竣工式
 ・慶應医学賞授与式
 ・福澤先生誕生記念会及び新年名刺交換会
 

特にこれからの季節は、
 ・学部卒業式(3月24日)
 ・大学院学位授与式(3月28日)
 ・学部入学式(4月3日)
 ・大学院入学式(4月7日)
と行事目白押しです。


これらの行事には、評議員はあくまで「ご招待」であって出席が義務というわけではない形になっています。
(とはいえ、私はできるだけ出席していますが)




さて、このうち、つい先日1月10日の「福澤先生誕生記念会」の様子が「「慶應義塾を眺める」新着画像(慶應義塾新年行事)」として、当日の様子をよく示した写真が掲載されたのですが、その中に自分を発見しました(苦笑)。


どこかと言いますと、
「「慶應義塾を眺める」新着画像(慶應義塾新年行事)」
の上から3段目の一番右の写真(左2枚は塾長の写真)の中に、です。

よーく見てみると、
写真の左端、下から数えて2人目のところに、
周りの白・灰の頭髪から一人だけ浮いた「黒い」頭髪&メガネをかけた男性の姿が。


私、です。


そして、私の前に着席されているのは西村常任理事、お隣は井上常任理事です。





ちなみに、昨年の
大学(日吉)第4校舎綱島街道側新築工事(第1期) 地鎮祭
にも私がいます。

この写真では、一段目右側(「直会会場の様子」のキャプションがある)の、右側の緑色の柱のすぐ左に直立しています。




皆さんにお約束した
「評議員がいつ、どんなことをしているのかを詳らかにする」
ということから言えば、行事への出席は欠くべからざるアクションではあるのですが、
写真に写るというのは少し気恥ずかしいものがあります。
(逆に写っていることで「参加している」ことを皆さんに知ってもらえるわけではありますが・・・)




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【今日(2月7日)は何の日】
一ノ谷の合戦(1184)、足利義満が室町幕府第3代将軍に就任(1369)、日露和親条約締結(1855)、創政会発足(1985)

【今日が誕生日】
トマス・モア(1478)、三条実美(1837)、愛新覚羅溥儀(1906)、金美齢(1934)

【今日が忌日】
継体天皇(531)、平敦盛(1184)、乾隆帝(1799)、川上貞奴(1946)


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2008年02月03日

【報告】0203:雪池忌2008(天候:雪)

【今日食べたケーキ】
キルフェボン

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今日の雪、皆さん大丈夫だったでしょうか?
一面、真っ白でした。


そう、真っ白だったんです、善福寺も。


麻布山善福寺


皆さんご存じのとおり、本日2月3日は塾祖・福澤諭吉先生の御命日、「雪池忌」でした。

雪(ゆき)の池(いけ)と書いて「ゆきち」と読む。

私が2月3日に墓参をするようになってから、おそらく初めてと言っていいくらいの大雪でした。


昨年の記事:2007年2月3日「連続12回目」


さて、13回目となる今年の墓参ですが「この悪天候にもかかわらず」と感心させられました。


001_front.jpg

小さな生徒さん(おそらく幼稚舎生)が母親と思しき方と来ていたり、

002_gate.jpg

記帳をするテントの前は、応援指導部の皆さんが雪を払い、

003_tent.jpg

そのテントには多くの塾関係者が並んでいました。




さて、墓所のほうも例年とは別に景色が。



まず、墓所への道案内をする応援指導部は、雪対策でレインコート
雪コートになってましたが)を羽織り、

墓所の前にはお参りの方用のテントが張ってありました。

例年の墓所の様子
(今年はこの墓所の前に小さなテントがあったわけで)

墓前には、昨年1年間の諸々のご報告と今年の抱負を。
特に今年は、なんといっても塾創立150年の記念すべき年であり、塾を開いていただいたことへの感謝と、今年の記念行事の無事をお願いしてきました。



それにしても、義塾以外の方からこの様子を見ると、不思議でしょうね。
学校の創立者の墓に、悪天候であっても列ができるなんて。

006_back.jpg

雪降りしきる、麻布十番での出来事でした。




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【今日(2月3日)何の日】
大岡忠相を江戸南町奉行に抜擢(1717)、ジョン万次郎がアメリカから10年ぶりに帰国(1851)、ホー・チ・ミンの指導でベトナム共産党が創設(1930)、

【今日が誕生日】
メンデルスゾーン(1809)、西周(1829)、ノーマン・ロックウェル(1894)

【今日が忌日】
小野篁(853)、足利義持(1428)、ヨハネス・グーテンベルク(1468)、大岡忠相(1752)、福沢諭吉(1901)


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2008年01月26日

【報告】0121:第32期第8回評議員会

【今日見た映画】
Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!


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今週の月曜日21日に、第32期第8回の評議員会がありました。

今年第1回目の評議員会です。



さて、今年はじめての評議員会でしたので、読者の皆様に改めて評議員会の説明を。

評議員会は、学校法人慶應義塾の最高意思決定機関です。

え?、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんね。
確かに現行の私立学校法上では、理事長・理事会が最高意思決定機関として位置づけられていますから。
法律上での評議員会は「理事長において、あらかじめ、評議員会の意見を聞かなければならない。」(42条1項)とされている「諮問機関」ですが、42条2項において「前項各号に掲げる事項は、寄附行為をもつて評議員会の議決を要するものとすることができる。」と定義されています。
義塾の場合、この2項を最大限利用する形で、理事会ではなく評議員会が最高意思決定機関になっているのです。
というよりも、この2項の規定は義塾のために存在すると言ってもよいかもしれません。
義塾では、評議員会が今から130年ほど前ができ、その後理事会ができたため、理事会よりも評議員会が上位の機関として位置づけられており、私立学校法が成立した1949年はすでにこの上下関係が出来て70年近く経っていたわけで、法律もこれを否定できなかったというわけです。




話は本題に戻って、21日の評議員会です。

評議員会には(おそらく私一人だけが)「徒歩」で行くわけですが、その途中、正門の正面、道路の反対側で「南別館(仮称)」の建築予定の看板を見つけました。着工は4月、完成は来年1月のようです。今回の150年事業の一環として正門入ってすぐの南校舎は建て替えることが予定されており、代替施設としての利用が予定されています(南校舎の建替え後は、教室以外の用途に利用するそうです)

mixi-bekkan.jpg
(建設予定の表示)

さて、評議員会は奇数月の20日前後の14時から旧図書館大会議室で開催されているわけですが、大半の評議員は車でいらっしゃるため、「教職員は自動車での出勤罷りならぬ」として、特に旧図書館・塾監局前の駐車スペースは、その皆さんの駐車スペースとして確保されています。

mixi-guard.jpg
(旧図書館入口から塾監局前を)

ちなみに、会議が行われる旧図書館もしっかりガード。


評議員会は14時から開始なわけですが、私自身は何と言っても「最若」ですから、開場する13時半には会場へ。
今日はさすがに新年第1回目とあって、評議員の皆様はいつもより早く、そして数多く会場入りされていました。
皆さんがまずすることといえば、「新年のご挨拶」。
私もその例外ではなく、ひたすらに皆さんの周りを回る回る。



14時前には評議員会議長、塾長、常任理事が揃い、開会。



本日の議題は3つ。
第1 慶應義塾規約の改正
第2 平成20年度大学薬学部薬学科(旧課程)および医療薬学科(旧課程)の学費
第3 大学(日吉)陸上競技場改修工事および附属施設建設工事


第1の規約の改正は、共立薬科大学との合併に際して、合併認可後の新しい規約には共立薬科大学薬学部・大学院薬学研究科には在籍予定者がいなくなるため、この廃止を決めるためのものでした。
今回の共立薬科大学との合併は、法的には
「学校法人として合併する(存続法人は慶應義塾)」
  ↓
「慶應義塾が共立薬科大学薬学部・大学院薬学研究科を置く」
  ↓
「慶應義塾大学薬学部・大学院薬学研究科に、共立在籍者全員が転籍する」
  ↓
「誰もいなくなった共立薬科大学薬学部・大学院薬学研究科を廃止する」
という順序をとることになりました。


第2については、平成17年度以前に共立薬科大学に入学した4年制の旧課程に在籍している方々の学費を決定したものでした。


第3については、150年記念事業の一環として、日吉キャンパスの陸上競技場の改修工事に関するものでした。
この決定により、改修は2月中旬に着工し9月中旬ごろ完了の予定となります。
この改修で陸上競技場は人工芝化し、陸上競技場として第4種の認定を受けるとのことです。
特に11月8日の記念式典の際には、この人工芝化されたフィールドを会場としてイベントが行われることでしょう。


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【今日(1月26日)は何の日】
徳川幕府が大目付を設置(1633)、流刑囚がオーストラリアに初上陸(1788、オーストラリア建国記念日)、帝銀事件発生(1948)

【今日が誕生日】
後奈良天皇(1497)、ダグラス・マッカーサー(1880)、ニコラエ・チャウシェスク(1918)、盛田昭夫(1921)

【今日が忌日】
バッハ(1795)、ジェンナー(1823)、重光葵(1957)、真藤恒(2003)



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2008年01月10日

【報告】0110:第173回福澤先生誕生記念会並びに新年名刺交換会

今日1月10日は、173回目の福澤先生の誕生日でした。

福澤先生は、1835年1月10日(旧暦:天保5年12月12日)に大坂堂島浜(現:大阪市福島区)にあった豊前国中津藩(大分県中津市)の蔵屋敷で下級藩士福澤百助・於順の次男として生まれました。(現在、生誕地には「福澤諭吉誕生地記念碑」が立っています。)


塾生の頃、この日は「休みになる日」というぐらいの認識しかなかったわけですが、評議員となった今となっては「公務の日」となりました。
昨年の今頃は、修士論文執筆の大詰めだったため、昨年の会には参加することができず(もう少し計画的にやるべきでした・・・)、評議員としては今回が初めての出席となりました。


さて、この誕生記念会の日には南校舎側入り口には塾旗が立ち、

1_ent.jpg

その塾旗の下には

2_plate.jpg

と、創立150年と今日の行事を示す看板が立っていました。



実際の誕生記念会は、西校舎ホールにて10時半から始まったわけですが、平日の午前中にも関わらず、ホール内はかなりの列席者で埋まっていました。

私はといえば、このお役目ゆえの役得(?)で、前列右側の「役員席」に通され、常任理事や他の評議員の方々の間で「小さくなって」着席することに。



10時半からの式は
 1)開会
 2)「福澤諭吉ここに在り」合唱 幼稚舎生
 3)「日本の誇」合唱 ワグネル・ソサィエティー
 4)年頭挨拶 塾長 安西 祐一郎
 5)記念講演「言論人・福澤諭吉に学ぶもの」産経新聞社代表取締役会長 清原 武彦 君
 6)福澤家代表挨拶 福澤 範一郎 君
 7)小泉信三賞全国高校生小論文コンテスト表彰状授与
 8)塾歌斉唱
 9)閉会
と進みました。

2)3)の二つの曲は、お恥ずかしながら初めて耳にしました。

4)では、塾長は、今年の創立150年の記念行事のことを多く述べられ、この混乱した今だからこそ義塾社中の結束と「全社会の先導者」たることを目指す義塾の教育が求められている旨、述べられておりました。

3_tanjo.jpg
(私の席からの様子。手前右の大きな頭は村井理事。左の横顔は山崎理事。山崎理事の顔の横の眼鏡の男性は服部連合三田会会長、その横は鳥居学事顧問。村井理事の奥に肩だけ見えているのは福澤評議員会議長。檀上は、演台に塾長、写真右から清原産経新聞会長、福澤範一郎夫人)

5)では、現在「時事新報」の名前を「預かっている」産経新聞の清原会長が、福澤先生が時事新報に掲載した『尚商立国論』『丁丑公論』を紐解いて、言論人としての福澤先生の矜持や、「気品の泉源、知徳の模範」たるべき義塾社中のあるべき姿について述べられていました。

6)でご挨拶された、福澤範一郎さんは、福澤先生の曾孫にあたられる方で、福澤宗家として、福澤家の親戚一同を代表してご挨拶されていました。(写真等)「人が集まることが好きだった諭吉は、皆さんが誕生日に集まって来て下さっていることを喜んでいると思います」という言葉が印象的でした。




さて、会場を生協食堂に移して、12時半からは「新年名刺交換会」でした。



あの生協食堂に、人が入る!入る!



全員で塾歌を(3番まで!)斉唱した後、福澤評議員会議長からの「乾杯」の声。

その後は、居並ぶ列席者の方々が、
動く!
動く!

特に義塾に業者として出入りされている方々は、次々と常任理事をはじめとする役員の皆さん方にあいさつ回りのオンパレード。


私は参加が初めてだったこともあって、しばらくどう振る舞って良いのか分からず、しばし立ち往生。

とはいえ、前回の選挙で署名捺印していただいた方から挨拶を頂戴したことをキッカケに、行動開始。

誰だ誰だか分からず、声をかけるのも一苦労という感じだったので、多くの方にご挨拶するというわけにはいかなかったものの、何名かの方にはご挨拶することができました。
何よりも、色々な形で私の存在を知っていただいている方とお話しできたのが非常に嬉しかったです。

4_gashi.jpg
(会場の様子。正面に鏡餅が)

会の最後は、全員で「若き血」を斉唱して終わりました。




そして私は仕事へ・・・



来年はもう少し「挨拶作戦」を練ってから臨もうと思います。




「塾員」であれば、どなたでも参加が可能な行事ですので、可能であれば皆さんもどうぞ。

初春の三田の山へ。




追伸:
土曜日(12日)、ラグビー大学選手権の決勝は、国立へ向かいます。



【今日(1月10日)は何の日】
カエサルがルビコン川を渡る(紀元49)、天正から文禄に改元(1593)、国際連盟発足(1920)、NHK教育が放送開始(1959)

【今日が誕生日】
福澤諭吉(1835)、 尾崎紅葉(1868)、高山樗牛(1871)、島村抱月(1871)、河野太郎(1963)

【今日が忌日】
徳川頼宣(1671)、徳川綱吉(1709)、大隈重信(1922)、 ココ・シャネル(1971)


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2008年01月06日

創立150年記念事業

評議員としての私の役目の一つに「創立150年記念事業委員会委員」という顔があります。


創立150年記念事業委員会委員


この記念事業委員会委員宛にA4見開き4ページからなる「KEIO150 NewsLetter 7」が年末に送付されてきました。


このニューズレターは、150年記念事業の進捗状況をダイジェスト版にして報告するという内容になっています。

特に今回については、2008年に行われる事業について時系列での「予定報告」が冒頭のページに掲載されており、皆さんと情報共有できればと。


2008年
1月:「学問のすすめ21」(1月19日:静岡)

2月:「学問のすすめ21」(2月2日:名古屋)

3月:日吉体育館(卓球場部分の建て替え)の竣工

4月:大学院システムデザイン・マネジメント研究科の開設
  大学院メディアデザイン研究科の開設
  新・福澤塾(仮称)立ち上げ
  未来先導基金2008年度プログラムの開始

6月:大阪小拠点の開設
  第12回APRU(環太平洋大学協会)学長会議の開催
  環境シンポジウムの開催

8月:日吉キャンパス複合施設(仮称)竣工およびグラウンドの整備
  日伯交流イベント、国際シンポジウムの開催

11月:「慶應義塾創立150年記念切手」の発行(11月7日)
   記念式典の挙行(11月8日@日吉)

秋:『慶應義塾史事典』『写真集・慶應義塾150年』の刊行

2009年
1月:記念展覧会の開催(1月から全国4か所で開催)

3月:第4校舎綱島街道側新教育棟の竣工@日吉
  蝮谷体育館(仮称)の竣工@日吉
  南別館(仮称)の竣工@三田


と、まぁ、各種行事が目白押しです。


ただ、皆さんに覚えておいていただきたいこととしては、
 1)記念事業は「2010年まで続く事業」(今年だけではない)
 2)記念事業は上記に取り上げたものだけではない(もっと様々なイベントがある)
 3)記念事業の主役は皆さん自身である
ということです。

1)2008年11月8日が「ピーク」であることは事実ですが、今回の記念事業は、単に一年に集中して事業を行っているわけではなく、2005年から2010年まで続く継続的な事業として展開されています。

2)上記はあくまでもニューズレターに掲載してあった事業だけを転記したものであって、これ以外にも学部・研究科単位、キャンパス単位、学校単位、団体(部活、サークル、三田会等々)単位など、様々なレベルで事業が展開されています。

3)皆さんご存じの通り、慶應義塾に学んだものは「学んでいる間は塾生」「学び終わったら塾員」であって、卒業してもその縁が切れることはありません。今回の事業は現在義塾にいる塾生や教職員のためではなく、私も含めた塾員、すなわち社中全員のイベントだということです。



さてさて、2008年はどうなっていくのでしょうか。

随時お伝えしていきます。




【今日(1月6日)は何の日】
聖武天皇が恭仁京へ遷都(741)、アーサー・コナン・ドイルの『緋色の研究』刊行(1887)、

【今日が誕生日】
ジャンヌ・ダルク(1412)、ベンジャミン・フランクリン(1706)、ハインリッヒ・シュリーマン(1822)、假名垣魯文(1829)

【今日が忌日】
橘諸兄(757)、北條時政(1215)、良寛(1831)、セオドア・ルーズベルト(1919)


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2007年11月12日

小中一貫校、作る予定です

評議員という立場となって一年あまり。

この立場になってよく分かったことは「話せることと、話せないことがある」ということです。

今回の件も、この部類に入るのでしょうか?


学校法人 慶應義塾が横浜市青葉区学校予定地活用事業予定者に決定
2011年4月、初等中等教育校を開設予定(PDF)
《プレスリリース:慶應義塾11月9日付け》




さて、今回の件は横浜市が4月15日に市が保有する公益用地等に私立学校を公募したことからはじまります。

市が保有する公益用地等に私立学校を公募します!
《報道発表:横浜市行政運営調整局4月25日付け》


これとは別に義塾では「新しい初等中等教育校の設置を計画」していたわけです。


ということで「義塾の意思」に合致する候補地が出てきたことで、理事会側から評議員会に対して計画用地への応募が諮られ、応募する旨を評議員会が承認し、応募、事業者決定に至ったというわけです。

青葉区所在市有地の公募事業に係る事業予定者の決定について
《横浜市行政運営調整局》


青葉区学校予定地活用事業者公募事業における選考結果について(pdf形式 172KB)
《横浜市行政運営調整局》




具体化はこれから本格化することになると思いますが、肩肘張ることなく、外部の目を気にすることなく、義塾らしい教育を展開できる場にしてほしいものです。




【今日(11月12日)は何の日】
薬師寺建立を発願(680)、柳沢吉保が側用人に抜擢される(1688)、極東国際軍事裁判で判決下る(1948)

【今日が誕生日】
オーギュスト・ロダン(1840)、大山巌(1842)、孫文(1866)、グレース・ケリー(1929)

【今日が忌日】
徳川家宣(1712)、ジョン萬次郎(1898)、劉少奇(1969)


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2007年11月10日

【出席】1119:評議員会、記念事業委員会、記念事業委員会懇親会


驚天動地の繰り上げ当選から一年あまり、私の評議員生活も本格的に2年目に入ることになりました。


一年前:
「【号外】繰上げ当選!!!」


もはや、記念すべき2008年もあと2か月あまりでやってきます。

来年の記念式典も11月8日(土)と、ちょうど一年後です。

創立150年記念式典


11月19日は、
14時からの定例の評議員会に引き続き、
16時からは記念事業委員会
17時半からは記念事業委員会懇親会
が予定されています。


いよいよあと一年です。




【今日(11月10日)は何の日】
昭和天皇の即位礼(1928)、今上天皇の立太子礼(1952)、ベルリンの壁崩壊(1989)

【今日が誕生日】
デーモン小暮閣下(前98038)、マルティン・ルター(1483)、藤沢武夫(1910)、忠犬ハチ公(1923)

【今日が忌日】
ゲルマニクス(51)、明正天皇(1696)、ケマル・アタテュルク(1938)


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2007年10月24日

【欠席】1025:名誉博士称号授与式

さて、明日10月25日は、フランス経済・統計研究所(CREST)の上席研究員であるジャン・ミシェル・グランモン教授に対する、名誉博士称号の授与式が、演説館にて開催されます。


フランス経済・統計研究所ジャン−ミシェル・グランモン教授に対する慶應義塾大学名誉博士称号授与について(PDF)
《プレスリリース:10月22日付け》



評議員には名誉博士称号授与式のお知らせ(列席のお願い)が来ることになっているらしく、春にはタイ中央銀行総裁であるタリサ・ワタナガセ女史への名誉博士称号授与式に列席しました。(その時のお隣は西室泰三君でしたっけ)



さて、今回名誉博士称号を授与するグランモン教授は、いただいた案内文によると「現代フランスの理論経済学を代表する学者のひとりであり、一般均衡理論、貨幣理論、内生的景気変動論の分野でも画期的な研究業績をあげて、学界に大きな影響を与えた学者」だそうです。

主要業績:Jean-Michel Grandmont


残念ながら、明日同時刻にクライアント先でミーティングです・・・




【今日(10月24日)は何の日】
三色旗(トリコロール)をフランス海軍旗として制定(1790)、ノルマントン号事件(1886)、暗黒の木曜日(1929)、国連憲章が発効(1945)

【今日が誕生日】
ドミティアヌス(51)、武市半平太(1829)、ダニエル・スワロフスキー(1862)、正力亨(1918)

【今日が忌日】
冷泉天皇(1011)、ティコ・ブラーエ(1601)、クリスチャン・ディオール(1957)



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2007年10月10日

【報告】0929:商学部50周年記念祝賀会

さて、少し遅れましたが、今日義塾のサイトのほうにCampus Newsとして掲載されたようなので、こちらからもご報告を。


慶應義塾大学商学部50周年記念祝賀講演会・懇親会開催


当日の祝賀会は、10時から始まる「祝賀講演会」と12時過ぎから始まる「祝賀懇親会」に分かれていました。


さて、次第はどんなだったかと言うと、
祝賀講演会は、
 開会 (司会:和気洋子教授)
 塾歌合唱 (ワグネル・ソサィティ男声合唱団)
 主催者挨拶 (桜本光 商学部長)
 塾長祝辞 (安西祐一郎)
 塾員代表挨拶 (永山治 中外製薬代表取締役社長、71商卒)
 名誉教授祝辞 (太田垣瑞一郎)
 講演要旨・講師紹介 (桜本光 商学部長)
 塾員代表講演 (斎藤惇 東京証券取引所代表取締役社長、63商卒)
    演題「金融産業競争時代」
 閉会の挨拶
という感じでした。

主催者挨拶の桜本学部長は、

sakuramoto.jpg

これが学部長としての「最後のお勤め」で、10月からは清家篤教授が学部長になりました。

塾員代表挨拶をご担当された永山治君は

nagayama.jpg

私と同様、32期の評議員でもある方です。こういう際の挨拶は大抵の場合、評議員に依頼があるようです。(卒業式は翁百合君でしたし、入学式は茂木友三郎君でした)

塾員代表講演をされた斎藤惇君は

saito.jpg

先日まで産業再生機構の社長(CEO)だった方です。
(産業再生機構は、弊社のビルのすぐ上のテナントさんでした)


会場は西校舎ホール、来場者は数百名を数え、現役の塾生から名誉教授まで多彩な顔ぶれが祝賀会に参列していました。

常任理事もほぼ全員顔を出しており、評議員も私以外にも数名お顔を見ることができました。



さて午後は、西校舎の学生食堂ホール(生協食堂)にて祝賀懇親会が開催されました。
次第としては
 開会
 主催者挨拶 (橋本順一 商学部日吉主任)
 名誉教授挨拶・乾杯音頭 (白石孝君)
 ご歓談
 常任理事挨拶 (工藤教和)
 ご歓談
 塾員・塾員代表挨拶
 ご歓談
 「若き血」斉唱  中締め
という順序で進んで行きました。

常任理事挨拶をされた工藤理事は

shukuga.jpg

商学部の教授であるため、挨拶のシーンはかなり意気軒昂でした。



最後まで会場にいることはできませんでしたが、
会場を離れる際に、祝賀会の「お土産」を頂戴しました。
present.jpg
写真下は、お土産の入っていた「50周年記念」特製の紙袋。
紙袋の上に乗っているのは「50周年記念」特製のペン。
写真上の左側は、商学部の日吉のスタッフの方によって書かれた「記念論文集」で、厚さ4センチ、600ページにも及びます。
写真上の右側は、商学部50周年を特集した「三田評論」の10月号。



塾創立100年の記念事業の一環だった、商学部創立から50年。
いよいよ来年は、塾創立150年になります。




【今日(10月10日)は何の日】
日本銀行開業(1882)、袁世凱が中華民国大総統に就任(1913)、「オレたちひょうきん族」放送開始(1981)

【今日が誕生日】
松平春嶽(1828)、西太后(1835)、菅直人(1946)

【今日が忌日】
ゲルマニクス(19)、桂太郎(1913)、高村光雲(1934)


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2007年10月04日

【報告】1002:石川忠雄氏葬儀・告別式

先日の10月2日、「元塾長・学事顧問・評議員・名誉教授」の石川忠雄君の葬儀に参列してきました。


当日は、朝から霧雨模様で、会場である青山葬儀所に到着した10時すぎも雨がパラパラと降っていました。


さて、初めて訪れた青山葬儀所は、青山墓地の一角、六本木側にあり、最寄り駅としては千代田線の乃木坂駅になります。


乃木坂の駅から青山葬儀所へ向かう道すがら、横を走る外苑東通りからは青山葬儀所に入っていく黒塗りの車が数知れず。



青山葬儀所に入り、長いアプローチから受付に抜けると、そこには多くの受付窓口が。
告別式場から一番遠い所に「一般」用の窓口があり、そこから順々に石川塾長との関係に従って様々な窓口が。
告別式場に最も近い一番右側が「親族・親戚」で、そのすぐ左が「評議員」の受付でした。

受付で香典をお渡しして、記帳の代わりに名刺を渡し、中へ。


告別式場に向かうには、受付から中庭を右に見つつ30メートルぐらい通路を進む必要がありましたが、その中には塾旗が立錐の余地もないほどに林立し、その向かい側には供花を出した方々のお名前の札がビッシリ。

100202.jpg

告別式場に近い所に、親族・葬儀委員の方々の札があり、その次に義塾関係者。そのあとは50音順に数百の札が掛けられていました。


さて、いかんせん到着したのが早かったため、開式までしばらく来賓控室で待つことに。
当然のことながら、石川塾長の関係者ですから、来賓室には見渡す限り、政財学の大物がずらり。
評議員会での場違いには徐々に慣れて始めてはいるものの、さすがにこのような厳粛な場では身動きすることもできず・・・


11時開式だったわけですが、会場へは10時半に案内され、来賓控室から順に案内されました。
会場前には葬儀委員長となった安西塾長、葬儀委員の福沢評議員会議長、国分法学部長、小此木法学部教授等々が親族の方々と並んでらっしゃいました。


意識したわけではなかったのですが、会場に比較的早く入ってしまい、結果的に前から3列目の席に座ってしまうことに。
(1列目は葬儀委員の方々の席)

一列前には、中曽根元総理、森元総理、小泉元総理、塩川元財務大臣と、錚々たる方々が。他にも評議員を務めてらっしゃる財界の大物の方々や学界の重鎮(元学長、学長)などの姿もありました。

あぁ、場違い・・・


100201.jpg


さて、式そのものは

一、導師・式衆入場
一、開式の辞
一、読経
一、告別の辞(安西塾長)
一、弔辞(山田名誉教授、福沢議長、内藤三田体育会会長)
一、弔電拝読(現総理、日銀総裁、中国からも)
一、葬儀委員長挨拶
一、焼香
一、導師・式衆退場
一、閉式の辞
一、お別れ
一、遺族・親族代表挨拶(長男・喪主:石川梓氏)
一、出棺

という順に進みました。


正面の祭壇には大きな石川塾長の「凛々しい」写真があり、その正面には位牌が、そのすぐ右には天皇陛下から下賜された祭祀料が置かれていました。
そのほかにも、祭壇右側には勲一等旭日大綬章、左側には文化勲章が掲げられていました。



24年前の義塾創立125年の際に塾長だったのが石川氏であり、安西塾長の告別の辞にもありましたが「150年には参列するよ」とおっしゃっていたようです。

4期16年という長期の塾長在任の中で、125年式典、信濃町新病棟、湘南藤沢キャンパス等々、私の知っている義塾はまさしく石川塾長時代に形作られたものです。

また、大学審議会会長として大学設置基準の大綱化の実現に尽力されたのも石川氏でありました。


巨星墜つ。

直接の面識を得ることは叶いませんでしたが、評議員として同じ時間を少しでも共有できたことを幸せに思います。


安らかにお眠りください。


青山葬儀所を後にする際、雨は上がり、多くの会葬者が列をなしていました。

100203.jpg

100204.jpg




【今日(10月4日)は何の日】
第1回遣唐使帰国(632)、富岡製糸場が操業開始(1872)、「八時だよ全員集合」放送開始(1969)、「笑っていいとも」放送開始(1982)、

【今日が誕生日】
クロムウェル(1626)、ミレー(1814)、新村出(1876)

【今日が忌日】
レンブラント(1669)、徳川綱條(1718)

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2007年09月28日

報告:平成19(2007)年度 9月 大学院学位授与式

070928.jpg


今日、平成19年度9月の大学院学位授与式へ列席してきました。

学部時代の同期が博士学位を授与されました!!



今日の学位記授与式は3月の学位記授与式(正確には各研究科委員会での3月の論文審査)以降に学位の授与が認められた方を対象にして開催されたものです。

それぞれの学位ですが、
課程博士:経済学1、法学1、医学1、理工学24、政策・メディア10
論文博士:法学1、商学1、医学33、理工学2
修士:理工学31、政策・メディア31
の総計139名となっています。


今回の特徴は、9月という時期を反映してか、日本国籍以外の方が比較的多く、理工学(修士)に至っては31名中22名が外国籍(氏名から判断)の方です。


さて、もう一つ。
今日、評議員はついに私一名だけでした。
いつもであれば、式典には評議員会議長である福沢武君が檀上で臨席しているわけですが、今日は(おそらく体調の問題のように思いますが)欠席されていました。

常任理事、総務や広報の担当の方からは「式典は皆勤ですか?」「お忙しい中、ご苦労様です」とお声掛けいただきました。
(やはり仕事の都合もあり、皆勤は無理でした・・・)




【今日(9月28日)は何の日】
後醍醐天皇が挙兵(1331)、水戸藩中屋敷(現在の小石川後楽園)完成(1629)、阿片戦争勃発(1839)

【今日が誕生日】
島津齊彬(1809)、ジョルジュ・クレマンソー(1841)、ジョサイア・コンドル(1852)

【今日が忌日】
後土御門天皇(1500)、パストゥール(1895)、フェルディナンド・マルコス(1989)


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2007年09月26日

【訃報】石川忠雄元塾長

元塾長・学事顧問・評議員・大学名誉教授の石川忠雄君が、昨日25日午後6時23分に腎不全のためにご逝去されました。

謹んでお悔やみ申し上げます。


2007/09/26-15:48 石川忠雄氏死去=元慶応義塾長、中国政治史
《報道記事:時事通信9月26日付け》


大学教育改革に尽力、元慶応義塾長の石川忠雄氏が死去
《新聞記事:読売新聞9月26日付け》


石川忠雄・元慶応義塾長が死去
《新聞記事:日本経済新聞9月26日付け》



塾監局から、評議員・監事各位宛に、訃報の連絡のFAXをいただきました。

訃報FAX




【今日(9月26日)は何の日】
織田信長が足利義昭を奉じて上洛(1568)、ケネディとニクソンがアメリカ大統領選史上初のテレビ討論(1960)

【今日が誕生日】
大久保利通(1830)、パブロフ(1849)、T・S・エリオット(1888)

【今日が忌日】
浅井長政(1573)、メビウス(1868)、小泉八雲(1904)、三木清(1945)



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2007年09月24日

報告:0829:日吉第4校舎綱島街道側新築工事地鎮祭

さて、そろそろ1か月近く前になるのですが、
大学(日吉)第4校舎綱島街道側新築工事(第1期) 地鎮祭
に出席してまいりました。
(安西塾長挨拶の写真で、右の柱のすぐ左で、柱にもたれかかっているように見えるのが私です)

人生初の地鎮祭、ずいぶん前に記事自体は書いたのですが、掲載するタイミングをすっかり逸していました。


では、改めて・・・



ドキュメント:地鎮祭


今日、日吉キャンパスにおいて「第4校舎綱島街道側新築工事(第1期)」の地鎮祭が執り行われました。
評議員宛に列席のお願いをいただいていたので、出席してきましたので、ご報告を。


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【出発前】
朝、今日の気温を見てホッとしました・・・

というのも、出席案内の封書に「当日は非常な暑さが予想されますので、上着無しでお越しいただいて結構です」との記載があって、ずっと悩んでいたんです。
いったい、どんな格好で行けばよいか、と。

先週までのあの連日の暑さのままだと、とてもスーツなんて着れたもんじゃないなと思いつつも、地鎮祭という公式行事の場において上着なしの格好で列席することも憚られるなと、気を揉んでいたんです。

そんなわけだったので、曇天・気温も平年以下という今日の気象条件はまさに天佑。普通にスーツで出掛けることができました。


【日吉到着】
日吉に到着したのは、9時52分。開式まであと8分。

さぁここから走るぞと前を見た途端、そこには見慣れない景色が。

キャンパス正面の様相がかなり変わっていたんです。

右を見ると(写真1参照)「複合施設」の工事が着々と進んでおり、この建物の大きさを物語る大型のクレーンが伸びていました。

0829_1.jpg写真1


一方左はというと(写真2参照)、私が学生時代に合った「新研究室棟」は跡形もなくなっており、新しい建物を建てるための敷地と、その上に立つ地鎮祭の会場がそこにはありました。

0829_2.jpg写真2

さて、銀杏並木を早足で登って会場に向かおうとすると、横で黒い車がスーッと・・・
「アシ」がある方は、時間も余裕があるようです。


【会場へ】
さて、図書館前の案内板(写真3参照)の矢印を辿っていくと、

0829_3.jpg写真3


第4校舎入り口前に巨大な看板が(写真4参照)。

0829_4.jpg写真4


実際に校舎の中に入ってみると、入口左右の中教室が学生総合センターになっていて、その奥の階段を下りていくと、そこに会場が。

すでに会場には義塾関係者(常任理事、評議員、教員、職員)に加え、工事関係者が総勢90名近くが待機していました。壁際には、新築する校舎の模型とその平面図が置かれており、奥には地鎮祭を神事を行う神棚と列席用の椅子が(写真5)。

0829_5.jpg写真5


【開始】
地鎮祭は、10時過ぎから始まりました。

まずはじめに会場に入り口で手を清めて席へ。
右に義塾関係者、左に工事関係者。

私は右の後ろのほうに並んで座ろうとしたわけですが、ものの見事に「こちらへ」と促されて前へ行くことに。
二列目でした。
一列目は常任理事(塾長はこの場は出席せず)、二列目が評議員&来賓の列でして・・・
本日ご列席の評議員は、私を含めて3名。北里一郎君(明治製菓名誉顧問)と末舛恵一君(済生会中央病院名誉院長)でした。


【神事】
人生初めての地鎮祭は、以下のように進んで行きました。
ちなみに、日吉キャンパスの産土神(うぶすながみ)は日吉神社(祭神:天照皇大御神)。

・修祓(しゅばつ):祭に先立ち、参列者・お供え物を祓い清める。
・降神(こうしん):祭壇に立てた神籬に、その土地の神・地域の氏神を迎える。
・献饌(けんせん):神に祭壇のお供え物を食べていただく儀式。酒と水の蓋を取る。
・祝詞奏上(のりとそうじょう):その土地に建物を建てることを神に告げ、以後の工事の安全を祈る旨の祝詞を奏上する。
・清祓(きよめはらい):土地のお祓いをし、清める。
・地鎮(じちん):施主の鍬入れ、施工者の鋤入れが行われる。
・玉串奉奠(たまぐしほうてん) :代表者が神前に玉串を奉り拝礼する。
・撤饌(てっせん) :酒と水の蓋を閉じお供え物を下げる。
・昇神(しょうしん):神籬に降りていた神をもとの御座所に送る儀式

終わったのは、10時40分ごろ。


【直会】
読めますか?「ちょっかい」じゃないです、「なおらい」と読みます。

ウィキによれば「神社に於ける神事の最後に、神事に参加したもの一同で神酒を戴き神饌を食する行事」となっていますが、ぶっちゃけて言えば「式後の懇親会」です。今回は、食堂棟1階にて行われました。

0829_6.jpg写真6

こちらは11時前にスタートをして、スタートから30分ぐらいして塾長が到着。
どうやら急遽文教関係の議員連盟の会合が入ったらしく(内閣改造の影響を受けての日程)、それで遅れたとのこと。

直会そのものは12時までの予定でしたが、いかんせん一会社員としては午前中を潰してしまっているので、最後までいることなく早々に(塾長の話を聞いたあと)、日吉を後にしました。


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【今日(9月24日)は何の日】
高山右近らを江戸幕府が海外追放(1614)、西南戦争終結(1877)、象のインディラが上野動物園に到着(1949)

【今日が誕生日】
大倉喜八郎(1837)、ホメイニ(1902)、筒井康隆(1934)

【今日が忌日】
西郷隆盛/村田新八/桐野利秋/別府晋介(1877)、フランソワーズ・サガン(2004)


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2007年09月21日

私立学校法と慶應義塾評議員会

昨日の評議員会で慶應義塾規約(私立学校法における「寄付行為」)の改正が行われました。


さて、ここでポイントは「評議員会で改正がおこなわれている」ということです。

平成16年に改正された私立学校法42条では「寄付行為の変更」については「理事長において、あらかじめ、評議員会の意見を聞かなければならない」とされています。
とはいえ「意見を聞かなければいけない」であって「議決を要する」というものではありません。
これにはカラクリがありまして、同条第2項で「前項各号に掲げる事項は、寄附行為をもって評議員会の議決を要するものとすることができる」とされており、義塾においては規約(寄付行為)の変更を評議員会議決事項にしているというわけです。


平成16年の改正では、理事制度・監事制度・評議員会制度の改善が目的とされており、理事の代表権や理事会の位置づけなどが明確になりました。

と、ここまでは法律としての私立学校法の話ですが、義塾では少し話が違います。



実は(というかご存知の方も多いと思いますが)、慶應義塾では評議員会が最高の議決機関として位置づけられているのです。

慶應義塾において評議員制度が設けられたのは明治22(1889)年で、理事制度が発足するのはその約20年後の明治40(1907)年となっています。
そして、現行の私立学校法が成立したのが昭和24(1949)年であり、つまり法律より前に慶應義塾の評議員会が存在していたというわけなんです。



人数や選び方は歴史と共に変わっているものの、定員100名の評議員が2か月に一度三田の山に参集し、義塾の経営について最終判断を下しています。




【今日(9月21日)は何の日】
フランス国民公会が共和制を宣言(1792)、寺内総理が米騒動で辞表提出(1918)、

【今日が誕生日】
山鹿素行(1622)、H・G・ウェルズ(1866)、安倍晋三(1954)

【今日が忌日】
ショーペンハウアー(1866)、フェノロサ(1908)、御木本幸吉(1954)


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2007年09月20日

無事皆勤!(評議員1年目終了)

本日、第32期第6回評議員会が開催されました。


昨年11月16日に、塾監局総務部から突然の電話を受けて早10か月。


今日、無事に6回目、任期一年目の評議員会がすべて終了しました。



第1回:2006年11月20日(月)(70/100)
心の準備も出来ていないまま向かった評議員会で、いきなり「共立薬科大学からの法人合併に関する申し入れ」という議題の審議に立ち会う。

第2回:2007年1月22日(月)(61/100)
評議員会終了後、夕刻に連合三田会主催の新旧評議員を交えた新年懇親会あり。改めての「場違い」に恐れおののく。

第3回:2007年3月20日(火)(75/99)
共立薬科大学との合併、薬学部及び薬学研究科の設置、システムデザイン・マネジメント研究科/メディアデザイン研究科の設置という、歴史に残る重大案件が相次ぎ、終了予定の16時を超える。

第4回:2007年5月25日(金)(53/99)
初の収支決算評議員会。義塾は3月決算のため、このタイミングで評議員会を開催。

第5回:2007年7月20日(金)(55/99)
日吉キャンパス第4校舎綱島街道側工事や情報スーパーハイウェイ等、新しい時代を見据えたハードに関する案件がかかる。

第6回:2007年9月20日(木)
私立学校法改正を受けた、慶應義塾規約の改正! また評議員の補充(3月にご逝去された入交氏の後任)も行われる。



思えば、色々とありました・・・



2年目も引き続き、頑張りたいと思います。
ご指導・ご鞭撻のほど、今後ともよろしくお願い申し上げます。


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追伸:
評議員の任期の1年目がほぼ終了することになりますので、これまでの活動等について、皆様にご報告する場を10月にでも設けようと思っています。
詳細は後日ご連絡したいと思いますが、ご興味のある方は事前にご連絡いただければと考えています。
------


【今日(9月20日)は何の日】
サラミスの海戦(前481)、光厳天皇即位(1331)、江華島事件(1875)、英で失業保険制度開始(1909)

【今日が誕生日】
吉田松陰(1830)、麻生太郎(1940)、小田和正(1947)、中田宏(1964)、西富亮介(1975)、一青窈(1976)、安室奈美恵(1977)

【今日が忌日】
鈴木梅太郎(1943)、林家三平(1980)


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2007年09月19日

9月大学学部卒業式

今日は10時から、三田キャンパス西校舎ホールにおいて
「平成19年度9月 慶應義塾大学卒業式」
が挙行されました。

3月の卒業式(3月31日付ブログ「卒業式(ところ変われば・・・)」)の規模とは全く異なり、今日の式は法学部政治学科・総合政策学部・環境情報学部の3学部学科で学んだ、9月入学生150名前後の式だったので、親御さんも含めてホールに入れる(3月は親御さんは別会場でVTR中継)という、非常にこじんまりとした式でした。

とはいえ、正式な学部の卒業式であることには変わりなく、安西塾長、福澤評議員会議長をはじめ、常任理事(のほとんど)、3学部長が臨席する、立派な卒業式でした。


式次第は
・開会
・学事報告(西村常任理事)
・学位記授与(安西塾長)
・表彰状授与(安西塾長)
・式辞(安西塾長)
・教職員代表祝辞(環境情報学部:清水浩教授
・在学生代表送辞
・卒業生代表答辞
・塾歌斉唱(混声合唱団楽友会)
・閉式
という具合に進み、総計50分弱というものでした。


3月と大きく違うな、と思ったことが2つ。
・三田会の発足式がない
・袴姿の女性が少ない(壇上に上がった女性はいずれも洋装)


3月は卒業式が終了し、間髪入れずに年度三田会の発足式になったのですが、今回はそれはありませんでした。

それに、さすがに季節を反映してか、全体として着物姿の女性が少なかったのは、3月のあの光景を見慣れている身からすると「ちょっとした会社の入社式」のような光景とも見て取れました。


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さて、9月卒業といえば、明後日の21日には学部と大学院の入学式も控えているわけですが、ちょうど昨日18日に「9月入学完全自由化」という記事が各紙を賑わせました。


「大学9月入学」後押し 時期、学長が自由に
《新聞記事:朝日新聞9月18日付け》


大学「9月入学」来年度にも解禁へ、海外の人材呼び込む
《新聞記事:読売新聞9月18日付け》


9月入学さらに「自由化」 原則廃し大学が独自設定
《新聞記事:共同通信9月18日付け》



現行の学校教育法施行規則では大学の学年を「4月1日に始まり、3月31日に終わる」を原則としているものを「学年の始期、終期は学長が定めることとする」とすることで、9月入学の促進を図るんだそうです。

9月入学推進論者の言を借りると「海外の大学に比べて外国人教員や留学生の受け入れが遅れており、「4月入学」がその最大の要因」なんだそうです。


日本の大学が4月入学となった経緯は寺崎昌男著『東京大学の歴史』に詳しいですが、大正の前半までは日本の大学も9月入学だったんです。
それが、政府会計制度と徴兵制度によって、義務教育機関と教員養成系学校に4月始期が導入され(20世紀初め)、高等教育機関である旧制高等学校と帝国大学の9月始期との併存が15年ほど続いたものの、4月始期にすれば学校のつながりに無駄が無くなって高等教育終了までを最短にすることができるという政府の強い意向が働いた結果としてのやむを得ない選択として定着しているのが現在の4月始期というわけなんです。


歴史的な経緯を踏まえて考えたときに、9月入学になったから国際的競争力が増したりするかといえば、現状が変わらないとすればそれはあくまでも「日本国外から人材を受け入れる」手段が、やや便利になる、というだけで、それ以上のものにはなりそうにありません。
というのも、現状でも9月入学は現実として対応できているからです。
しかも「国外から人材を受け入れる」ことができるような大学は、その煩雑な事務を許容できるという意味でも一部の大学でのみ可能な事であって、その基準に達している大学は、現在においてもすでに9月入学を実施していることろがほとんどなんです。


法律的には「画期的」と言えるかもしれませんが、現場としては「既に対応してますが」ってことなんだと思うんですよねぇ・・・




【関連サイト】
どうして日本は4月に入学するの?(all about)


【今日(9月19日)は何の日】
武田信玄、関東管領を撃退(1547)、プラド美術館完成(1819)、昭和天皇、吐血して倒れる(1988)

【今日が誕生日】
アントニヌス・ピウス(89)、アンリ3世(1551)、高橋是清(1854)

【今日が忌日】
正岡子規(1902)、中内功(2005)、後藤田正晴(2005)


プチ情報:明日(9月20日)は、私の誕生日。


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2007年09月18日

【予定】0919:9月大学学部卒業式&0920評議員会

9月はイベントのシーズンです。

慶應義塾イベントカレンダー:9月

を見ていただいても分かるように、まさに目白押し。


そのうち、評議員宛に案内が来ているものはと言えば・・・

9月19日:9月大学卒業式
9月20日:評議員会(9月)
9月21日:9月大学&大学院入学式
9月28日:9月大学院学位授与式
9月29日:商学部50周年祝賀講演会・懇親会

と、これまた多いわけです。

何といっても9月の18日の週は、月曜日は祝日で休みなので、平日が4日しかないにも関わらず、そのうち3日も行事が・・・


当初は全参加を目指していたわけですが、さすがに仕事の関係で実現することはどうやら困難なようで。

結局、21日「のみ」欠席することになりました。

ざ、残念。


明日は、9月卒業式に出席してきます。

義塾ではNY学院(高等部)の卒業生がいる関係で、かなり前から9月入学/卒業を実施しています。
受け入れている学部は、セメスター制が完全適用されている法学部(政治学科)、総合政策学部、環境情報学部の3学部学科だけではありますが。



【関連サイト】
慶應義塾ニューヨーク学院


【今日(9月18日)は何の日】
ウィーン会議始まる(1814)、シーボルト事件(1828)、柳条湖事件(1931)、国防総省・CIA発足(1947)、全学連結成(1948)、カップヌードル発売(1971)

【今日が誕生日】
トラヤヌス帝(53)、グレタ・ガルボ(1905)、小和田恆(1932)

【今日が忌日】
ドミティアヌス帝(96)、豊臣秀吉(1598)、オイラー(1783)


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posted by Tommy at 23:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 評議員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

【予定】0829:日吉第4校舎綱島街道側新築工事地鎮祭

現在、義塾は来年2008年の創立150年を契機として、各種事業に取り組んでいるのは皆さんご存知かと思います。


慶應義塾創立150年記念事業

その中でも「目に見える」ものとしては、日吉キャンパスの再開発があります。
その目玉は3つ、陸上競技場側の複合施設、第4校舎裏の新教育棟、日吉記念館です。


すでに陸上競技場側の「複合施設」については、一年前に地鎮祭を挙行し、順調に工事が進んでいます。

日吉キャンパス複合施設


さてこのたび、第4校舎新教育棟の仕様が正式に決定し(7月の評議員会)、8月29日に地鎮祭が行われることになり、評議員に隣席の依頼が来ましたので、出席することにしました。


暑そう・・・


(案内には「当日は非常な暑さが予想されますので、上着なしでお越しいただいて結構です」と書いてありました・・・)



【関連サイト】
記念事業募金のご案内

【関連書籍】



【今日(8月24日)は何の日】
ポンペイ埋没(79)、ポテトチップ発明(1853)

【今日が誕生日】
滝廉太郎(1879)、フェルナン・ブローデル(1902)

【今日が忌日】
鷹見泉石(1858)、島津斉彬(1858)、陸奥宗光(1897)

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posted by Tommy at 23:51| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 評議員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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